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短編集78(過去作品)

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 と思っていたが、本当にそうだったのだろうか。エゴではないかと思ってくるのはそのあたりからである。
 さっそくパンフレットの先に電話してみるが、結構社会人の人も多いようである。受講料さえ払えば来れる時にくればいいというもので、週に三回講義があるが、そのすべてが同じ内容であるという。基本的には社会人相手の講義のようだ。
 目的は気分転換である。肩の力を抜いて受けられることに安心感を覚え、体験入学で講義の内容も見てから入学することに決めた。会社には内緒でである。
 学校自体は自社ビルを持っているような大きなところだが、コースが地味なだけに、講義室に受講生は疎らである。いつ行っても空席が多く、多い時でも十名かそこらの講義である。
 井沢にとっては願ったり叶ったり、却ってそのくらいの方が息が詰まらなくていい。まるで定時制高校のようで、純粋に好きなことができるのだという満足感が得られるに違いない。
 受講生の半分は女性で、中には学生もいるようだ。パッと見ただけで、相手が学生か社会人かの区別が付きそうな気がするのは、自分が社会人としての自覚を持っているからかも知れない。
 しかし、ここではそんなものは不要である。却って邪魔になるだけだ。なるべくまわりの人間を同じような目で見ることを心掛けるようにしたいと思うのだった。
 元々が不純な動機で始めたシナリオへの道、まわりにいる女性が気になっている。同じ目標に向かっていると思うだけで会話に花が咲きそうで、楽しい会話を想像して、思わずほくそえんでしまいそうだ。
 しかし、実際に講義は真面目に聞いていた。他の人たちは、さすがに仕事が終っての講義に眠気がくるようで、堪えていても気がつけば眠ってしまっている人もいる。中にはポカンと口を開けて、頬を机に摺り寄せるようにだらしない姿をしている青年もいる。
 年齢的にはまだ大学生を思わせる連中か、中年というよりも初老に近い人たちもいる。シナリオというとどちらかといえば若者のイメージだったが、中には昔果せなかった夢を今になって頑張ってみようと思っている人も多いのだろう。
 十代と目される連中は、ファッションも奇抜で、そういえば大学の文芸サークルに所属していた連中の中には同じような奇抜な連中もいたことを思い出した。当時から地味だった井沢は、そんな連中と一緒と思われたくないという思いから、なるべく避けていた。
 今であれば、何も避ける必要はない。だが、それだけに自分がもう学生でないことを痛感させられたようで、ショックではあった。だが、学生時代に感じていた漠然とした不安が消えた今では、学生時代に戻りたいとも思わない。
――漠然とした不安――
 それは社会に出ることへの不安である。
 働きたくないというわけではない。まだ遊んでいたいというわけでもない。ただ、自分の性格で会社のような組織の中でやっていけるかどうかという不安であった。
 自分はどんな性格か、ある程度分かっている。今悩んでいることは、その性格から来るものだということも分かっている。
――人と同じだと思われたくない性格――
 すべてはそこから来ているのではないだろうか。人と群れをなすことが嫌いなのもそこから来ているのだ。
 注目を集めたいからだということは分かっている。三人兄弟の長男である井沢は、子供の頃、家族でどこかに出掛けるという手はずになっている時、必ず最後に駄々をこねるのだった。注目を浴びたいというよりも、やはり、群れを成して行動したくないという重いが強いからだ。
 なぜそんな感覚になったのだろうか。
 元々は駄々をこねて注目を浴びたかったからだろう。
「拓郎はお兄ちゃんなんだから、我慢しないとね」
 何かを買ってもらう時でも、弟たちが優先だったという記憶しか残っていない。弟たちが生まれる前は、もちろん井沢一人がちやほやされていたはずだ。しかし如何せんその記憶はなく、感覚が覚えているだけだろう。それだけに、感覚が一人の時の甘さを覚えているために、言い知れぬ寂しさを思い出させ、駄々をこねるという行動を起させたのだ。
 井沢はそんな自分が嫌で嫌で仕方がなかった。駄々をこねながら、
「何でこんなことしなきゃいけないんだ」
 と思いながら、誰にぶつけて言いか分からない憤りを感じていた。
 それが大きくなった今でも残っている。
「何でこんなこと……」
 自分で行動していて思うのだ。心にもないことを言ってわざと相手を怒らせるような素振りをしてみたりして、自己嫌悪に陥ってしまう。まるで相手の怒りに引きつった顔を見てみたいのではないかと思えるほどだ。
――天の邪鬼なんじゃないかな――
 と思うのも当然で、自分が二重人格ではないかと思い始めたのも、天の邪鬼な自分を感じるようになってからだ。
 学生時代というと、どうしても社会に出るの準備期間だというイメージが強い。それだけに、社会に実際に出るまでは、絶対に消えない不安だったのだ。それだけに漠然としていて、逃れられないという気持ちから、いつも自分のことを考えていたように思う。
 人に合わせるのが苦手な方だったが、彼女ができてからの井沢は、平均的な人間になろうとしていた。彼女とはもちろん有美子のことで、彼女が自分のどこを好きになったか知りたかったのも平均的な人間にはなれないと思っている裏返しなのかも知れない。
 有美子自身も、井沢から見れば変わった女性だった。漠然とした魅力、普段は大人しいのに、自分の前でだけは活発になる。
「人の性格を変えられるくらいの自信を持っていいんだ」
 とまで感じていた。
 物語を考えることができるのに、どうして自分の性格や人生設計が見えてこないんだろうと真剣に考えたことがあった。シナリオを書いている時の自分がまるで別人のように思える。
 天邪鬼だと思うようになってからの井沢は、自己暗示に掛かりやすいのか、自分に甘くなったように思えてくる。
「どうせ天邪鬼だと思われているのだから、何をやっても同じさ」
 と自分に言い聞かせ、居直っていた。そんな自分が嫌なくせに、結局考えがそこで落ち着いてしまう。「逃げ」に走っているのだろう。
 そんな自分を支えていたのが、シナリオを書くことだった。シナリオの中で自分とは違う人物を描くことで世界を広げようと考えていた。
 確かにいろいろな人物が頭に思い浮かんでくる。従順な性格の誰にでも好かれるような青年、人生に疲れた初老のおやじ、まわりを見渡すと題材はいっぱい転がっているのだ。だが、主人公はどうしても自分と同じような人物になってしまう。自分の目で見ている世界の広がりをイメージするのが、一番ストーリーをスムーズに展開させることができ、まわりの人物をよりその人の個性として浮き上がらせることができるのだ。
 自分がテレビドラマなどに出てくる主人公と性格が違いすぎるのは分かっている。そうなるとどうしても今まで自分が歩んできた人生を題材にせざるおえないのも仕方のないことで、回想シーンが多くなっているようだ。
「とにかく最初は、自分のイメージしたことを忠実に書き上げることだ」
作品名:短編集78(過去作品) 作家名:森本晃次