小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集78(過去作品)

INDEX|21ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

「何か過去に怖いものを見て、そのイメージがよみがえってきたんじゃないのかって思ったんだよ。だから、なるべくその話はしないようにしていたんだ。君もあまりしつこく聞いてこなかったので、それは本当に助かったよ」
 頭を掻きながら話してくれた。
 それにしても彼の言うことが本当であれば、いったい木下は何を過去に見たというのだろう。思い出さなくてもいいのであれば、そっとしておく方がいいのかも知れない。元々木下は執着心のない方だ。是が非でも思い出さなければいけないとは思わない。
 だが、もしそれがトラウマとなって蓄積されていけば……。
 そう考えると、怖い気もする。忘れてしまいたいという思いが強く、強引にでも忘れてしまったことが、ふとしたことでよみがえる。それが身体に痙攣を起こさせ、虚空を見つめさせる結果に導いているような気がするからだ。
 最近よく見る夢が頭に浮かぶ。
 何もないような光景の中に、懐かしさを感じる。遠くに見える山に焦点を合わせ目の前に広がるすすきの平原を見ているのだが、それでも果てしなさを感じる。
 目の前には道なき道、登山道のようなものが続いている。
 ゆっくり歩いていくと、途中に石でできた標識があり、そこから先は道がハッキリと別れていた。
 標識に書かれている文字を確認することはできない。掘り込んである文字がお粗末なせいもあってか、雨風によって完全に磨耗している。しかも字も達筆なのでハッキリ読むこともできず、石碑が立っているということだけしか分からない。
 石碑の前には大きな石が置かれている。登山者が休憩に使うのだろうか、椅子代わりに使うにはちょうどいい高さだ。木下も夢の中であるにもかかわらず、その椅子を見ただけで疲れを感じてしまっていた。
「どっこいしょ」
 言葉に出してしまって、思わず苦笑いをしてしまう。座った角度から今度は来た道と今から向かおうとする道を見ていると、ちょうど反対側に赤い手ぬぐいを首から掛けたお地蔵様が立っているのが見えた。
――どうして気付かなかったのだろう? 目の前にあるのに――
 座った途端に噴出す汗、完全に暑さは夏のものだ。すすきの穂が続く中、木などあるわけではないのに、どこからともなく聞こえてくるセミの声に不思議な思いを抱いていた。
――本当にどこから聞こえてくるのだろう?
 当たりを見渡しても聞こえてくるのはセミの声だけ、しかも暑さからか、篭って聞こえてくる。篭って聞こえるのは耳鳴りがしているからだろう。セミの声が耳鳴りに反響し、余計にうるさく感じられる。
 吹き抜ける風を感じていた。いつもの耳に巻貝を当てた時に聞こえるような吹き抜ける音を感じたのだ。すると汗が急激に引いていくのを感じ、先ほどまでのセミの声が嘘のようにピッタリと止んでいた。
――季節は秋――
 そう思わせるに十分な光景である。
――これが夢でなくて何だというのだ――
 まさしくその通り、引いてくる汗を感じながら、季節が秋に変わってくるのもしっかりと感じていた。爽やかな風に先ほどまでの耳鳴りは消えていた。
 暑さのせいで、目の前に自然と沸き立っていた蜃気楼のような砂埃で前がまともに見えていなかった。それは夏の日差しが誘う感覚で、季節に秋を感じると、色彩感覚が戻ってきて、目の前のすべてがハッキリと確認できるようになる。夢の中とはいえ、秋を感じてきた証拠なのだ。
「さて」
 おもむろに立ち上がり、目の前の分岐点の前に立つ。
「どちらに進んだものかのぉ」
 思案に暮れる自分を感じていた。道は完全に二股に別れていて、どちらに進んでいいのか分からない。
 どちらへと進んでも結局同じ場所に出てくるように思えるのは不思議だった。しかし、進む方向を間違えると同じところへ出てきても、環境がまったく違っているのではないかと思えるのだ。
――ここで思案しなければ後悔する――
 と思うから思案するのだ。そう思わなければ何も考えずにどちらかへと歩いていくことだろう。いや、何も考えずに進みたいのだ。知らぬが仏で、出てきた場所が同じ場所であることを知らぬまま進むことができれば、そこに後悔など存在しない。なまじ知りすぎたり理解しすぎると、思案に時間が掛かり、最終的には袋小路に入ってしまうだけのことである。
――開き直りが必要なのだ――
 最後に出す結論はそこに落ち着く。
 夢の中で思案している時間が果てしないと思っていても、結局開き直ってしまえば、それまでの時間など皆無だったかのように思えてしまう。目が覚めてから夢というものを覚えていないのと同じ感覚である。
「今日はこっちだ」
 何度も同じ夢を見ているつもりだが、毎回どっちに行ったかなど覚えていない。同じ光景から次の行動に移ってからは、もう過去の記憶は失せてしまっている。
 新たな夢を形成していることを認識しながら、それでも選んだ道を進むしかなかった。不思議なことに、選んでいる道はいつも同じ道のような気がして、歩いていて違和感がないのはそのためだろう。
 しかし、その道を選んだことが次第に胸騒ぎへと繋がっていく。歩いていくにしたがって胸の鼓動が激しくなっていくのを感じるのだ。
 少し歩いただけで、来た道を振り返る。さっきまで思案に暮れていた分岐点が少し小さく見える。だが、それほど来たようには見えないのはなぜだろう。後ろを振り返ってすぐに前を見る。前には果てしなく続く一本道が続いているだけだが、吸い込まれそうな見渡す限りにすすきの穂に、しばし自分が進む道を見失ってしまう。
 もう一度後ろを振り返る。まったく進んでいないにもかかわらず、今見たよりもはるかに小さく感じるのは、かなり歩いてきたような錯覚を覚えるからかも知れない。
 どこまでが今来た道だろう?
 遠くを見つめる目と近くを見る目、同じ視覚のはずである。しかし気持ちの中で少し違うことを認識していたに違いない。違和感がないのだ。何度も同じような感覚を味わっていたように思うからだろう。
 それは道に限ったことではない。今までの人生においても、後から分岐点を振り返ることがある。だが、自分の決めた道が間違いだったと思いたくない一心から、無意識に遠くのものを見るような、まるで他人事のような感覚に入っていた。それこそが、数え切れないほどあった分岐店をかすれさせてしまうのだろう。
 自分の今までの分岐点、いや、今自分がどのあたりにいて何を考えているのか、それを思うと、今が夢の中であることを感じる。頭の中では自分が社会人として歩んできた道のりを思い浮かべることができる。しかし、過去を振り返れば、そのすべてを薄っぺらく感じている自分がいるのだ。
 過去が過去でない。未来が未来でない。では現在とは?
 こんな思いのまま、立ちすくんでいる自分を思い浮かぶのだ。
 今いる場所から後ろを振り返ると、そこには誰かがいるのを感じている。自分がこの夢を思い出そうとすると、すすきの穂の中で歩いているというイメージは湧いてくるのだが、目を瞑って浮かんでくる光景ではない。
作品名:短編集78(過去作品) 作家名:森本晃次