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短編集78(過去作品)

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 そこにいる人物の顔を思い浮かべようとすると、まわりの景色が見えなくなり、まわりの景色をみようとすると、その人物の存在を打ち消してしまおうとする。お互いに反発しあったようなイメージに、磁石の同じ極を引き合わせようとして起こる反発を感じずにはいられない。
 綺麗な景色には似合わないような人物なのだろうか?
 背中を丸め、哀愁を漂わせているのだが、影を感じない。いつも背中から夕日が当たっているというイメージが強いにも関わらず、男の前にできるはずの影を感じないのだ。
 本当であれば不思議で仕方がなく、違和感として残るのだろうが、不思議な感覚はあっても違和感が残ることはない。
 男のイメージは強いものがある。だが、それもふとした弾みに思い出すのであって、気にならなければまったく気にならずに夢が終わっている。きっと道端に落ちている石ころのようなものに違いないのだ。
――ひょっとしてもう一つの道を選べば、影を見ることができるのではないだろうか――
 この思いは絶えず心の中にある。
 分岐点で悩んだ覚えはない。アッサリと決めた道を歩んできたのだ。振り返ることなどないと思いながら歩んできた道、その先を見ている自分は何を見つめているのだろう。
――影がない人物――
 木下はそんな人物を思い浮かべたことがあった。小学生の頃、テレビの特撮で、影のない人物という異次元人を見た記憶がある。彼らは呼吸をしていない。脈もない。言葉を話すこともなければ、気配もないのだ。
――そうだ、まさしく彼ら自体が影なのだ――
 光を浴びても光ることがないといわれる宇宙の中の特殊な世界。まさしくそんな世界を思い起こさせる。
 自らも光を発しない。そして自らが気配を消している存在。まったく違う世界のものなのだ。
 目の前を真っ赤な閃光が走ったようだ。その後に広がる真っ白な世界。しばし続いたかと思うと、二度とそこに光が戻ってくることはない。
 暗黒の世界が広がったかと思うと、その世界はすでに自分の世界ではなくなっていた。違う場所に出てきたのか、その場所では距離感もバランスも戻ってきている。暗闇の世界に距離感もなければバランスもない。その二つがないだけで、想像している暗闇が出来上がってしまうような気がして仕方がない。
 今、木下は間違いなく夢を見ている。いつも思い出すことのできない夢に出てくる男の顔が思い出されそうに思えるのは、胸騒ぎを感じたからだ。
 夢の中で男が倒れている。まず起き上がることのできないだろう男の顔を覗き込んでいる。
 男の倒れている場所、そこは分岐点のちょうど真ん中、戻ってまで顔を覗き込もうか、思案に暮れている。苦しんでいるであろう男を放っておいてここまで歩いてきたのだ。見てはいけないものを見てしまった気持ちが強ければ強いほど、戻りたくなる。
 だが、足がすくんで動けない。見たいという好奇心が強ければ強いほど、見てはいけないと言い聞かせる自分に気付く。同じ光景を何度も見ているとその時になって気付くのは、同じ夢をずっと見続けているからだろう。
 前を見ながら遠くの山までの距離を測っている。どうしても距離感が掴めない世界で、限界を感じる自分が、分岐点を選べないでいる。
 もう一つの分岐点が見えてくる。それは道ではなく、自らを抹殺する分岐点だ。付き合っていた女が去っていく。芸術を諦めてまで就職した会社が倒産……。先が見えるわけがないではないか。
 分かってきた自分の運命とは何と過酷なものであろう。分岐点を振り返りながら感じていた。
――それにしても、どうしてあそこに戻ったのだろう?
 その謎だけが残った。少なくとも人物を描くことができないのは、分岐点で見た男の印象が強く残っているからに違いない。
 何度も歩いてきて同じところで思案に暮れていた時が懐かしい。今回はその分岐点から先がまったく見えないのだ。
 分岐点にいるのも分かっている。道なき道の先から熱い視線すら感じる。
 遠くに見える山が迫ってくるようだ。頂上が目の前にある。
――もう苦しむこともないのだ――
 そう思うと、一面のすすきの穂が自分を呼んでいるように感じる。風は完全になくなっていて、モノクロに見える時間帯が広がっている。「凪」と言われる時間帯だ。初めてその時、熱い視線を浴びせているのが自分であると感じるが、まだ芸術に未練のある自分に、分岐点にいる自分が見えないだろうと思った。
 しかし分岐点を顧みる自分には分かっていた。分岐点でビンの中から取り出した薬を一気に飲んで、仰向けになって空を見上げている自分がいることを……。
 そこに石碑は立っていない。そしてその顔からは一切の苦しさは消え、真っ白な表情になっていることだろう……。

                (  完  )

作品名:短編集78(過去作品) 作家名:森本晃次