短編集78(過去作品)
さすがに夏ということで日の出も早く、カメラ持参で砂浜にはしっかりとキャンバスを組み立てて、いつでも描けるようにしていた。
今か今かと待っている時間が一番どきどきする。緊張感が最高潮に達すると同時にオレンジ色に染まってくる空と水平線との裂け目を見ると、最初はテレビ局の作るセットのようで、現実味を感じない自分が不思議だった。
しかしオレンジ色をまともに見ることができないほどの明るさに目を奪われると、そこから先は時間が経つのが早かった。カメラに収めるなどとても不可能で、やはり自分の目で見たものを自然に描きたいという気持ちに陥ったのは、実に自然なことだろう。
まわりに誰もおらず一人で見ている日の出の光景を、
――これは俺だけのものなんだ――
などと錯覚を覚えたりもした。
たった今見た光景を忘れないうちにデッサンしなければと思い、一生懸命に記憶の奥に封印される前の光景を思い出しデッサンしていた。
それは時間との戦いというよりも自分との戦いに思える。中学生にとって、いや、中学生のその時だからこそ、素直に一生懸命になれたように思える。
デッサンを終えた帰り、旅館への道を歩き始めた時は、すでに日は高かった。背中に浴びる朝日を感じながら、足元から伸びる影を見ていた。
睡魔が襲ってくる時間である。足元の影が怪しく揺れているのを感じるが、自分の目線だからこそまともに見えるのだということを再認識していた。
小学生の頃、下校の最中に夕日を浴びながら歩いていて、自分の影と前を歩く人の影を見比べて、
――皆の影って、何と不気味なんだろう――
と感じたものだ。自分の視線から少しでも外れれば歪に写るのは当たり前で、そのことを分かっているつもりなのだが、影を見ている時は違うことを考えているのか、不思議だという思いだけが記憶に残っている。
小学生の頃などはまだ舗装されていない砂利道などがところどころに残っているので、歪に見えるのも当たり前である。しかも車などが通ると激しい砂誇りが上がり、容赦なく照りつける西日に照らされた砂埃が神秘的に影を映し出していたのかも知れない。
デッサンからの帰り道、西日に照らされた砂埃を思い出していた。
とにかく疲れた身体を連想するのだ。遊び疲れたという感覚しかないのだが、夏の時期身体にへばりつく汗を思うと、思い出すだけで気持ち悪さを感じる。
――だが、どうして気持ち悪さしかないのに、思い出したりするのだろう?
考えていると、背中に当たる朝日が次第に痛くなってくるのを感じる。
――こんなに痛いなんて――
初めて自然というものを身に沁みて感じたように思えた。暑ければ汗を掻く。これは当たり前だ。
しかし、暑いと感じるわけではない。その証拠に汗を掻いているわけでもない。ただ痛みを感じるのだ。傷を伴う痛みではない。襲ってくる睡魔を跳ね除けようとする痛みなのだ。
今から思えば、その時の夢を何度となく見たような気がする。
背中に当たる痛いほどの朝日、それは、それからも感じたように思う。それは太陽によってもたらされたものではなく、もっと人為的なものである。
そう、人の視線なのだ。
――痛いほどの視線――
という言葉もあるではないか。身に沁みて感じている。
誰かに見つめられているという思い、それが痛みを感じさせるのだろう。
しかしそんな時に限って後ろを振り向くと誰もいないのだ。今度は背中が凍りつくような思いを感じる。背中の感覚が麻痺してくるのだった。
影に感じた距離感、それが絵を描けるようになったきっかけだったように思う。浮き上がる影が自分の視線から見た時の立体感は、他の人の影を見た時には絶対に感じることのできないものだからである。他の人の影は平面でしかない。しかもその形は歪なのだ。
――人物を描きたい――
影を感じるようになって絵を描けるような気持ちになった。しかし、それから木下は人物を被写体にした絵を描くことがどうしてもできないでいた。
何度トライしてみたことだろう? いくら描こうとしても、無理なのだ。夕日を描くことはできても、人物を描こうとするとデッサンまではうまくいくのだが、どうしてもそこから絵の具を着色することができない。命を吹き込むことができないのだ。
――どうしてなんだろう?
いつも自問自答を繰り返している。風景画をうまく描ければ十分な満足感を味わうことができるが、どんなに上手に描けても、どんなに満足いくものが描けたとしても、どこかに物足りなさが残っていた。最初はそれがなぜだか分からなかったのだが、影をいつも意識している自分を顧みると、自ずと分かってくることだった。
――自分の中で何か見落としているものがあるように思う――
当たらずとも遠からじではないだろうか。記憶の中を穿り返してみても、どこか見落としているところがある。それを見つけることができれば、人物を描くことができるに違いない。いや、人物を描くようになれるだけではなく、自分の中にあるわだかまりのようなものが解けてくることだろう。
木下は水平線ばかりを気にしているが、元々は山が好きだったはずだ。釣りが好きでいやいや付き合わされた苦い思い出が父にはあるが、登山にもよく連れていってくれた。
山は好きだったので、別に反抗心が沸くこともなく、快く付き合っていたが、急に父が連れて行ってくれなくなった時期があった。その頃というと、木下の記憶のどこかにブラックボックスのようなものがあり、思い出そうとすると、黒いもやのようなものに包まれてしまうのだった。
それから二年経った頃だっただろうか。山の好きな友達と登山に行く機会があり、連れていってもらったが、その時には綺麗な下界の風景、山の緑と空の青さの鮮やかなコントラストを目の前にして感動していた。しかし、その時に急に木下の態度が変わったらしい。一緒に行った友達もその豹変ぶりに、しばしどうしていいか分からなくなった。その時のことはしばらく話を出すことさえタブーになっていたが、数年経ってから同窓会で出会って、
「もう時効だからいいよな?」
と話しかけてきた。
「あの時のことは覚えていないんだよ。君も教えてくれないし、俺も自分から聞くのも何だか変な気がしてね」
友達は苦笑している。
「あの時のことを聞かれたら正直困っただろうな。どう答えていいか分からなかったんでな」
「そんなにおかしかったのかい?」
「おかしかったなんてもんじゃないよ。まるで何かの発作でも起こったのかと思って、真剣オドオドしていたんだからな」
「痙攣でも起こしたの?」
「痙攣に近いものがあったね。とにかく震えが止まらないようだった。ある一点を見つめているんだけど、その目は怯えに満ちていたように思う。何をそんなに怯えているのか分からないし、お前が見つめていたのは何もない真っ青な空だったからな」
果てしなく広がる青さを見つめながら何を考えていたのだろう。友達の話を聞いているだけで、尋常ではないことが分かってきた。その場にもし自分がいれば、どんな行動を取ったかを考えると、やはりその後しばらくその話がタブーとなっていたのも分かるというものだ。
作品名:短編集78(過去作品) 作家名:森本晃次