小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集78(過去作品)

INDEX|17ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

 水平線に昇る朝日の綺麗な場所があると聞けば、休みの日に出かけていって絵を描くことにしている。休みの度に出かけていって何ヶ月も掛かって完成させたこともあった。その時に感じたのは、太陽の位置の微妙な違いが距離感を麻痺させるに十分だということだった。大切なはずの距離感ではあるが、麻痺してしまっても新しく植えつけられる距離感にさらなる意欲を感じてしまう。きっとその意欲が立体感を呼び、想像力に膨らみを持たせるのであろう。
 描き続けるようになって今までに何ヶ所の水平線を描いたことだろう? 水平線を中心に見ている場所もあれば、昇る朝日を中心に見ている場所もある。それぞれに違うのは、第一印象のイメージによるところがすべてだからだ。
 今、描いている水平線を綺麗だと教えてくれたのは、会社の同僚だった。
「あそこは綺麗だぞ。砂浜から見るんだけど、ある時間帯になると訪れる凪があるんだが、朝と夕方、それぞれに違う光景を見せてくれる。朝日だけでなく夕方の光る海も堪能してくればいい」
 たいてい朝日の綺麗なところというのは、観光案内に載っていたり、誰かが噂に聞いていたりするものだが、そこの噂は聞いたことがなかったし、観光案内に一言も載っていなかった。
 神秘的な場所に造詣の深い木下は、それだけで気になって仕方がなかった。ちょうど描いていたところの作品が出来上がってきたので、さっそく日曜日になったら出かけようと考えていた。
 幸いにも同僚のいう場所の近くに漁村があり、そこで宿を取ることができた。釣りに対して偏見のある木下にとっては複雑な心境だったが、それでも水平線の魔力に取り憑かれた木下は赴くことしか頭になかった。
 凪に対して特別な思い入れがある木下だった。
 あれは中学時代だっただろうか、部活が終わって学校から帰るのはいつも日が暮れてからだった。住宅街を抜けて歩いて通っていたのだが、民家から漏れてくる暖かい明かりに冬などは暖かさを感じ、さらにおいしそうな匂いがしてくるのを我慢しながら凍える身体を震わせながら歩いていた。
 当時、芸術にまったく興味のなかった木下は部活といえば運動部、足が速いことを見込まれて勧誘を受けたバスケット部に所属していたのだ。
「君なら一流選手だって夢じゃないさ」
 おだてに弱い木下はその言葉ですっかりその気にさせられてしまった。レベル的にはそこそこで、県大会ではいつも優勝候補と言われていたクラブだった。学校側もそれなりに期待してくれていて、部活運営には何の心配もなく、心置きなくバスケットに勤しむことができたのだ。
 しかし、その期待がプレッシャーとなってのしかかってくることに気付いたのは、県大会を勝ち進んでいる時だった。
「甘えは許されない。学校の期待を受けているんだからな」
 キャプテンがミーティングでしきりに話していた。
――やっている自分たちに、学校側の期待なんて関係ないだろう――
 と思えて仕方なかったが、まわりを見ていると皆神妙な面持ちで聞いているだけで、何を考えているか分からなかった。まるで魂の抜け殻のようで、ひょっとして自分も同じような表情をしているのではないかと感じただけで情けなくなる。
――俺は自分の意志を顔に出せないような人間になりたくない――
 それが本心だった。まわりの皆が同じ顔に見えてくるような錯覚に陥ってしまった自分を情けなく感じ、初めて自分たちが期待という得体の知れないものに踊らされているような気持ちにさせられたのだ。まるで「お釈迦様の手の上の孫悟空」である。
 日が暮れていても凪は存在するようで、身体の感覚がないからであろうか、歩いていてまるで地に足がついていないようだった。風を感じることがないのは、体温と同じ暖かさを含んだ風が吹いているからではないかと思えるほどで、足元から熱を持っているのを感じてくると、足が腫れているように思えてくる。まわりから吹いてきた風を感じなくなると、いつもいる場所は決まっていた。我に返るのである。そこは凪といっても夕方に感じる凪とは確実に違うものだった。
「またここか」
 独り言を何度呟いたことか、住宅地の丘のようになったところの一番高いところだろう。どちらを見ても下り坂だ。ここからだと夜景も綺麗だし、その向こうには綺麗な星空を見て取れる。暗闇なので、空と地上との境目が分からずに、夜景なのか星空なのか区別がつかない。それほど綺麗な星空をその場所から見ることができたのだ。
 その場所からなだらかな坂を下っていると、夢から覚める時のような感覚に陥ってしまいそうだ。どこかで見たような光景だと思いながらなかなか思い出せないのは、いつものことであった。
 同じ場所を昼間に何度も通っているが、綺麗な夜景をどうしても思い出してしまって、昼間と夜との景色の違いにしばしその場で考え込むこともあった。
「あの場所が空と地上との境目なんだ」
 自分に言い聞かせ、今度夜見る時には必ず確認できるように目に焼き付けておきたかったのだが、実際にまた夜見ると、その境目を確認することなどできっこない。そう、そこは自分にとっても「凪」なのだ。
 木下が絵を描きたいと思った時はいつだったと聞かれれば、
「凪を感じた時」
 だと答えるだろう。凪とはそれだけ芸術意欲を働かせるもので、絵の魅力に取り憑かれてしまった木下は、もうバスケットを続ける気にはならなかった。自分にとっての凪を描くため、一生懸命に絵の勉強をしようと思ったのだ。
 美術部に入って基本的な絵の勉強をした。初めは皆と同じように人物画を描いたり、目についたものをデッサンしたりしていたが、それも自分が絵を描くことに慣れるのが先決だと考えたからである。
 美術部は自分にとって居心地のいいところだった。バスケット部のように「学校の期待」があるわけではないし、集団で行動するわけでもない。個人が個人の尊厳を持っていても誰にも文句を言われることもなく、むしろそれが当たり前なのだ。
――個性の集まりなのだから、意見が違って当たり前、一つにまとめることの方がどうかしている――
 そんな考え方が木下を有頂天にさせた。
――まさしく俺の考え方だ――
 自分の進むべく道を見つけたように感じていた。
――芸術家――
 その言葉に偏屈だというイメージを持っていた自分が情けなかった。きっと子供の頃に見たテレビの影響なのだろう。
「人間は一人じゃ生きられないんだ。皆で協力しないと」
 といった番組が多かった。娯楽性の中に教育を織り込んだような考えが分かってくると反発もしたくなる。
「洗脳などされてたまるものか」
 という気持ちになっても仕方のないことだ。
 子供としては少しひねくれたところを持っていたのかも知れない。それはすぐに人の言葉を信用してしまうという性格の裏返しではないだろうか。元々騙されやすい性格だからこそ、いつも反発意識を持っている。自分の性格を把握しているから感じることなのだろうが、どちらかというと損な性格に思えてくる。だが、それでも、この性格を治そうという気にはならない。損ではあるが、気に入っているのだ。
「これが俺なんだ」
作品名:短編集78(過去作品) 作家名:森本晃次