小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集78(過去作品)

INDEX|15ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

 少し間があった。それからマスターは意を決したかのようにゆっくりと呟くように吐き捨てた。
「それは君が好きだからだよ」
 そこから先はまともに聡子の顔を見ることができない。
 じっとマスターを見つめる聡子の視線を感じながら、マスターはさらに続ける。
「君が最初にここに来た時から気になっていたんだ。私には妻がいる。そんな私が今まで忘れていた、人を愛するという気持ちを思い出させてくれたのが君だったんだ。さすがに君も私がそんな気持ちで見ていたなど夢にも思わなかっただろうね。でも、いつもそう思って見ていたんだよ。そしてその君が須崎と関係があることを知ってしまった時の私の驚き……。許せないという気持ちと、私にだって……、という気持ちで頭の中が混乱してしまったんだ。だけど、後の方の気持ちの方が私には強かったんだよ」
「でもどうして今日私にそのことをおっしゃったんですか?」
 怯えで声が裏返っているのが分かる。自分の声でありながら遠くで響いているように聞こえ、耳鳴りが響いてさえいる。
「須崎が今日出張に行っているだろう? 私の妻もいないんだ」
 一瞬何が言いたいのか分からなかったが、答えは一つしかない。
「須崎のやつは、時々ここに来るんだが、いつもやつは冷静だった。それがここ数日妙に私に話しかけて来るんだよ。そんなことは今までにはなかった。あんなに人懐っこい須崎は学生時代から見たことがなかった。まるで人に媚びているようで、あいつらしくないじゃないか。君に対してもそうだと思う。気になる人に対して弱みや内に秘めたものは見せたくないものさ。それだけに、きっと君の前ではいつにもまして冷静だったんじゃないかい?」
 まさしくその通りで、言い返しようもなかった。さすがに、自分よりも長い付き合いなだけはある。いや、同性の目から見ているからかも知れない。
 そういえば会社でも最近の須崎は女性社員に媚を売っているように見られているではないか。マスターの言葉もまんざら嘘でもなさそうだ。
「最近無言電話が多いだろう? あれが証拠さ。あれはやつがカモフラージュのために図ったことさ。君はあれでかなり驚いているだろう?」
「どうしてそれを知っているの?」
「やつの常套手段でね。学生時代から別れたいが自分から言い出すのが嫌な時や、他に好きな人が現れた時のカモフラージュなんだよ。やつなら今も使っているだろうと思って聞いてみたんだ」
 もう疑う余地もない。混乱した頭でいろいろ繋がってきたのだ。
 ここの雰囲気はそのままマスターの雰囲気、いつも落ち着いていられるのは須崎のおかげだと思っていたが、ひょっとしてこの店があるからではないだろうか。それもマスターという人がいるから……。
 今まで奥さんがいるから気にしてはいけないと思っていたつもりだったが、それだけではなく、気にするのは須崎にも悪いと思っていたはずである。その須崎の自分に対しての裏切り、それを知ってしまえば、もう迷うことはない。心の中で心境の変化が起こっているのを感じた。新しい心境の誕生とも言えるだろう。
 気持ちの余裕を感じ始めた。さっきまでマスターの声しか聞こえず、黙って聞いていたが、次第に店内に響く音楽を感じていた。
 奇しくもその時流れていたのは、「G線上のアリア」だったのだ……。

                (  完  )



作品名:短編集78(過去作品) 作家名:森本晃次