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短編集78(過去作品)

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 そう言われていろいろ思い浮かべるが、同一人物の中にそれだけの性格が備わっているとすれば、すごいことのように思える。
「でも、どれかは後から形成された性格なんでしょうね」
「そうなんだ。私が好きになったのは、活発な中にロマンチックさを見たからなんだ。清楚な雰囲気は好きなんだが、今の妻の清楚さとは少し雰囲気が違っているね」
 聡子から見てマスターの奥さんの清楚な雰囲気とは、
「和服の似合う女性」
 というものである。
 後ろを向くとうなじから少し乱れた髪が見えていて、それが和服を思わせる。実際に和服を着ているところを見かけたことはないが、思わず後姿にはドキッとさせられることが多かった。
 誰かによって女性は変わることが往々にしてある。それは聡子自身がそうだった。須崎と知り合うまでは結構自分の信念を表に出したいと思い続けていたようだ。須崎と出会ってからは、少しその気持ちに歯止めが利いていたが、逆に他の人から言わせれば、
「江崎さんは、最近自己主張が強くなったように見えますね」
 と言われてドキッとしてしまうが、
「え、そうなの? 自分では意識ないですけど、困ったわね」
「別に困ることはないですよ。悪い意味で言ったわけではないですから」
「じゃあ、どういう意味?」
 相手が後輩の男の子だったので、少し意地悪っぽく言ってみた。
「輝いて見えるといえばいいのかな? イキイキしてますよ」
「ありがとう。仕事が楽しいのかも知れないわね」
 その言葉は半分当たっていた。仕事も楽しいのだが、それよりもその時の後輩の言葉で、
――女は男によって変わるのだ――
 ということを再認識させられたのである。よく人から聞くことであったが、これも聡子の性格、実際に感じたことでないと信じない性格のため、初めて分かったことだった。
 マスターの奥さんにも同じことが言えるのだろうか。男のマスターはなかなかそのことに気付くことはないだろう。
「何か最近変だな」
 と思うことはあっても、それはきっと自分たち二人のことだとして考えてしまうに違いない。あまり人を疑ってみたり、言葉の裏を考える方ではないマスターだけに女心に疎いところもあるはずだ。
 だが、その日のマスターは様子が変だった。少し怖い雰囲気があり、じっと聡子を見つめているようで、その目が怖いのだ。
――射抜くようなまなざし――
 まさしくそのとおり、痛いほどの視線を感じるが、それが何を意味しているのか分からなかった。
 男性からそんな目で見つめられたことはなかった。怖い目だと思ったことは今までにもあったが、それはまったく知らない人がじっと見つめている目で、知らない相手だけに無視すればいいと考えていた。しかし、知っている相手であれば無視するわけにもいかず、それがその時だけの心境によるものなのか、何かのきっかけで心境が変化したのか、それによって接し方も違ってくる。下手をするとお友達でいられなくなる可能性もあり、頭の中でいろいろ考えが錯綜してしまうだろう。
「どうしたんですか?」
 思わず聞いてみたが、マスターは聞こえていないのか、答えない。確かに誰にも聞こえないような小さな声で呟いたのだが、それが本当に声になっていたかどうか、それすら疑わしい。声になっていなかったのか、それとも聞こえているが無視をしたのか、返事がないだけに、どちらにしても気持ちが悪かった。
 じっと見つめているが表情に変化はない。聞こえなかったのかも知れない。それならそれでホッと胸を撫で下ろす気分だった。
 空気の重たさを感じ、少し雰囲気を変える意味でゆっくり店内を見渡してみた。今までにも時々店内を見渡すこともあり、いつも同じ席からだった。いつもと同じ席から見渡している普段と変わらない光景なのだが、どうも何かが違っているように思えて仕方がない。
――狭く感じる……
 今までは空気の通る線がハッキリと感じられるほどの広さを感じられたが、今日はとてもそんな線など見えそうにないほど狭く感じられる。そして部屋全体が暗く感じるのだ。いつもと同じようについている照明は暗い。聡子の心境に何か変化があるのだろうか?
 聡子がまわりを気にしているのに気付いたのか、マスターも同じようにまわりを蜜得ている。
「何かが見えますか? 私は時々何かが見える気がするんですよ」
「何かが見える?」
「ええ、きっと皆さんと違う位置から見ているのでそんな気分にもなるんでしょうね。ここから見ていると、座って見ているよりもはるかに狭く感じますからね」
 奇しくも狭く感じるということを口にしたマスターの顔を、おそらくその時穴の開くほどの目で見つめていたことだろう。
「狭く感じるというのは私もなんですよ」
 私の目にたじろぎながら、
「そうなんですか、でもそんなに怖い目で見つめないでください。話がまともにできないような気がしますよ」
「あ、ごめんなさに。そんなにきつい目をしていました?」
「ちょっとビックリですね。聡子ちゃんは、子供っぽいところと落ち着いたところがあるけど、そんな表情をしているところは想像したこともなかったのでね」
 そう言いながら右手で首の後ろを揉んでいた。確かに言われてみれば、そんな表情だったかも知れない。言われなければ気付かなかっただろう。
 今までにも無意識に相手に怖い顔だと思わせたことがあったのではないかと思うと、顔が赤くなってくるのを感じた。だが、顔の表情は人それぞれ、気付いた人も表情の変化に今までは気付かなかった。
「私は時々、聡子ちゃんの夢を見ることがあるんだ」
「え?」
 マスターの気持ちを知っていて知らんぷりをしていたようにも思う。
 マスターが聡子を見る目、あれはオトコがオンナを見る目だ。その目を聡子は須崎によって教えられた。須崎も、聡子の視線で、好きな女に見つめられる気分を味わっていただろう。
 マスターは嫌いではないが、まさかオトコとしての感情を自分に持っているなど、聡子は考えたくなかったのだ。
「聡子ちゃんが夢の中に出て来るんだよ。でも君のそばにはいつも違う男がいて、私が近寄ることを許さない……」
 夢は潜在意識が見せるものだというが、聡子に誰か他にいるということをマスターは知っているのだろうか? ここではなるべくそんな素振りを見せないようにしているのだが、それでも分かるというのだろうか。
 マスターは続ける。
「聡子ちゃんは須崎と付き合っているんだろう?」
「え、どうして?」
 あまりのことにそれ以上の言葉が口から出てこない。
「私は知っているんだ。須崎という男、やつはそういうやつなんだ。実は私と須崎は大学時代登山仲間だったんだよ」
 偶然というのは恐ろしいものだ。いつも須崎に会うための気持ちを作るために寄っている喫茶店のマスターが、その須崎を知っているという。しかも自分が知り合うずっと以前から知り合いだったなんて、どうせならもっと前に知っておきたかった事実である。
「どうしてそんなことを言うの?」
「須崎は君がここに来ているのも知っていたんだ。そして私も君がここに来た後、やつの部屋に行くことを知っていたんだよ。実に私は辛い思いだったけどね」
「どうして辛くなるの?」
作品名:短編集78(過去作品) 作家名:森本晃次