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自殺と症候群

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 と思う。
 まわりが、心配そうに覗き込んできたりなどすれば、却って痛みが増幅してくる気がするからだ。
「どうせなら、放っておいてほしい」
 という思いを抑え、まわりに誰もいなくても、必死にあって声を抑えようとする自分がいるのに気付くのだ。
 痛みは一定の時間だけ我慢していれば済む。余計な心配をまわりに掛けたくないという思いと、余計な心配をされると、却って自分が辛いという思いが交錯するのだった。
 足が攣った時というのは、少々痛くても歩き回った方がいい。要するに足が硬直しているのは、筋肉がこわっているからで、筋肉を揉み解すようなことをすればいい。それには少々痛くとも歩く方がいい。そのことを分かっているので、我慢して歩いてみることにした。
 すでに、目は覚めていた。足が攣る瞬間というのは、前もって分かるもので、寝ている時にでもその時が来たことが分かる。実際に足が攣るケースのほとんどは眠っている時が多く、夢を見ていたとしても、見ていなかったとしても、足が攣る瞬間には、我に返ってしまうのである。
――ヤバい、来る――
 と感じると足の患部よりも、まず身体全体が固まってしまう。そして固まった身体が、足のどの部分が患部となるか、教えてくれるのだ。
「いたたた」
 声に出せない声を発する。
 額からは汗が滲んでくるような気がして呼吸困難に陥るのが分かる。必死に身体を曲げて、痛い部分をさすろうと思うのだが、身体が思うように動いてくれない。もっとも、幹部が分かっているので、そこを捻ったりすると楽になるのは分かっているのだが、その際に伴う痛みも一緒に分かっているので、どうしても、足を触るのを身体が拒否してしまっている。
 人に知られたくないという意識も同じところから来ているようだった。眠っていたにも関わらず、カット見開いた目は、虚空を見つめている。これから何が起こるか分かっているくせにその痛みに耐えるには、自分一人で耐えなければいけないと、最初に感じるのだった。
 武則は、足の痛みだけが身体を貫いているように思った。しかし考えてみれば、大したことはなかったとはいえ、交通事故に遭って入院しているのである。それを忘れさせるくらいの足の痛みを感じたということなのだろうが、痛みを他で緩和できるくらいであれば、本当にこの交通事故は大したことがなかったのだと、自覚もできた。
「交通事故なんて、今までに見たことがあったかな?」
 とふと思い出そうとすると、子供の頃、高速道路の入り口付近で、車同士の正面衝突を見た記憶があった。人通りも交通量も多いところだったので、あっという間に人だかりができて、いろいろなところから会話らしい声が聞こえてきて。ザワザワした雰囲気がまわりを包んでいたのだ。
 鮮血が飛び散っているのが見えた。だが、記憶の中に人が垂れているなどの惨状が残っているわけではなかったので、記憶が曖昧だったのは、それほど鮮烈でイメージに残るようなものを見たという記憶がなかったからであろう。
 それよりもイメージに残っているのは、警察や救急車のパトランプであった。鮮血というよりも、パトランプの赤さの方がイメージに残っているのは、救急車やパトカーのサイレンを聞くと、赤い色が思い出され、それがパトランプによるものであるという意識があるからに違いない。
 だから、救急病院は本当は嫌いだった。今でこそ臭いはさほどではないが、子供の頃などは、病院の扉を開けた瞬間に臭ってきたあの薬品の臭いが、血の臭いに交じって、鮮烈な感覚を思い出させるのだった。
「交通事故なんて見るもんじゃない」
 と言っている人がいたが、まさしくその通りだろう。

                  夢遊病

 たった一日だけの入院だったが、武則にとってはそれで済まされなかった。自分が交通事故に遭い、交通事故を目撃した時のイメージを思い出したりなどしたからであろうか、その晩の武則は明らかにおかしかった。
 それに気づいたのは、看護師の一人、真崎という女性看護師だった。彼女はその日当直で、当直での見回りはいつも二人でやっているが、夜中の定時の見回りは、相手によってやり方が違っていた。
 彼女はまだ入ってから二年目ということで新人の部類だった。そのため、一緒に当直に入る人は皆先輩で、先輩には先輩のやり方があるようだった。
 基本的に共通しているのは、一日に何度かある見回りを、二つのエリヤに分けるところまでで、その分けた地域を誰が回るかということが人によって違っている。と言っても二種類しかないのだが、それは一人の人がいつも同じエリアを担当するというものだが、もう一つのパターンは時間帯によって、それを入れ替えるというものだった。
 本当であれば、自分が担当の患者がいるところを巡るのが一番いいのだろうが、相手が一定しているわけではないので、隣の病室がペアになった人の受け持ちかも分からないので、一律に同じところばかりだとしても、それはあまり意味がないようだった。
 ただ、その日一緒にペアになった先輩は、同じところを一日その人が担当するというやり方をする人だったので、真崎看護師もそのやり方に異議を唱えるつもりはなかった。
「じゃあ、今日は真崎さんがA領域ね」
 と言って、見回り地域はすぐに決まった。
 分けられる範囲は全員の間で共通していて、皆の不公平のないように決められていた。この病院は大病院というわけでもないので、看護師二人が当直でも、見回りにそれほど時間が掛からなかった。実は当直にはもう一人いて、もう一人というのは、ナースステーションにずっといる人で、その人がいないと、ナースコールが分からないからだったのだ。
 真崎が担当しているA領域に、武則は入院していた。時刻は午後十時、普通に生活をしていれば、まだ宵の口と言ってもいいくらいの時間だったが、入院病棟は真夜中と化している。午後九時には消灯となるので、早く値付ける人にとっては、すでに真夜中だった。
 入院を余儀なくされた連中の中にはまだまだ元気な人もいる。武則も初めての入院だったので、
「午後九時なんかに眠れるわけはない」
 と思っていたが、実際に寝付いてしまうと、これが不思議なもので、思ったよりも眠れるものだった。幸いにも手術を受けているにも関わらず、身体に痛みは残っていなかった。事故に遭ってから数時間しか経っていないのに、自分ではいろいろなことがあったと感じているので、事故に遭ったということ自体がまるで夢のようだった。
 そのわりに痛みを感じないことから、気疲れだけはあったようだ。それが横になると睡魔が襲ってきたという理由なのかも知れない。
 さらにまわりは結構皆すんなりと眠りに就いていた。眠れない人もいるようだったが、気持ちよさそうに寝息を立てているのを聞くと、自分も睡魔が襲ってきていることを意識したとしても、それは無理もないことだった。
 眠れない人が寝返っているのか、布団のガサガサという音が聞こえる。それが逆に武則の睡魔を誘う原因の一つになったのだから、何が幸いするか分からないものである。
 武則はすぐに眠ってしまったようだ。
作品名:自殺と症候群 作家名:森本晃次