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自殺と症候群

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 あれはいつのことだっただろう? まだ、子供が中学生になったくらいの頃であっただろうか。武則は交通事故に遭った。
 その日は、会社の資金繰りを銀行の営業と話し合うために、駅前の取引銀行に行っていた。なかなか資金繰りも難しい世の中であったが、これまでの会社の誠実な営業方針と、社長である武則の性格とが銀行の営業の人には好感が持たれていて、商談は結構うまく行っていた。
「荻島さんの経営方針を私は結構評価しているんですよ。上層部の人も、荻島さんの会社ならということで、こちらが決裁書を持って行っても、さほど渋い顔をされたことはあまりないですね。銀行の決裁書を通すのは結構難しいこともあるので、そういう意味では私も荻島さんの担当になれてよかったと思っています」
 ここまで言ってくれると、建前も入っていると思っても嬉しいものである。
「そう言っていただけるとこちらとしても感謝しかありません。今回のお話もうまくいくように努力をしますので、どうか、決済の方、よろしくお願いいたします」
 と言って、武則は深々と頭を下げた。
 商談というよりもその後の雑談も結構時間を割いてくれる営業の人だった。
 武則の話は、業界の裏まで知っているので、営業の人としては、自分の情報を増やすという意味でありがたかった。他にも商談でやってくる会社社長などもいるが、彼らとはここまでの話をしない。商談の時点で、銀行側が難色を示すことが多いので、商談が終わった段階では気まずくなってしまっていて、雑談をするという雰囲気にはならないのだ。
 相手社長も、
「ここでダメなら、一刻も早く他で商談を」
 と考えているのかも知れない。
 中にはしぶとく粘る人もいるようだが、一度難色を示すと、そこから先は話が堂々巡りを繰り返し、先に進むことはない。結界を見てしまうからである。そうなると、一緒にいるだけでぎこちなくなり、相手はいつ痺れを切らして、キレてしまうか分からない。それでも粘らなければいけないというほど、背に腹は代えられない人もいるが、そうなってくると、最初から雑談どころではないのだ。ダメなものをいくらゴリ押ししても、無駄であることは当の本人が一番分かっているくせに、どうしようもないのだろう。
 雑談の中で、
「最近は、中小企業の社長さんの中で、いろいろなご趣味を持たれている方が多いので、私も誘われることがあります。特に商店街を形成しているところでは、商店会というものがあって、そこでの会合からよくあるのが、ゴルフコンペというものですね」
 昭和の終わり頃というと、まだまだ駅前の商店街には人が集まってきていて、
「このアーケードを通り抜ける頃には、ほしいものは何でも揃う」
 と言われるくらいの時期があった。
 それだけに商店街も賑やかで、商店街独自のポイント制であったり、割引サービスなども催されていて、いろいろな企画が成功する例もたくさんあった時代だった。
 武則も銀行の近くにあるアーケードによく出かけていた。そこにある喫茶店の常連にもなっていて、時々そこでチキンライスを食べるのが好きだったのだ。最初はオムライスを食べていたが、横でチキンライスをおいしそうに食べている人を見かけて、その様子につられるように、
――次回は、チキンライスにしてみよう――
 と思い、次回はチキンライスを楽しみに食べてみると、これが存外においしかったことで、その店ではしh金ライスばかりを食べるようになった。
 店の人もよく覚えていて、
「今日もチキンライスですか?」
 と言われて、
「はい」
 と元気に答える姿を、まわりの客は他人事のように見ているが、何度も見ている光景だったに違いない。
 その喫茶店には、よく商店街の中にある店舗の社長さんがよく来ているようで、一人できては、モーニングサービスを食べながら、新聞を読んでいる光景を見かけたことがあった。
 朝この店に来るようになったのは、その頃ではすでに珍しくなりかけている昔ながらの喫茶店でのモーニングを楽しみにしていたからだ。チェーン店のカフェのように、でき喘のものを出すのではなく、注文があれば、そこから作るというモーニングに、憧れのようなものがあった。
 しかもその時間の常連客は自分と同じ個人商店の店長であったり、零細企業の社長さんであったりが多いのだ。
――ここは自分がいるべき空間――
 と思ったとしても、それは無理もないことではないだろうか。
 武則は、朝その喫茶店でモーニングを食べてから、昼過ぎにこの銀行にやってきた。商談は午後一時からにしたのは、モーニングを食べる時間を考慮したからで、店に本を持って行って読みながら朝食を摂っていれば、ちょうどいい塩梅の時間になるからだった。
 その日は、朝ちょっと会社に寄ってから、すぐに出かけた。会社には一時間もいただろうか。個人の予定を書き込む黒板の社長の欄に、
「銀行」
 と書かれていて、その横には、
「直帰」
 と書いてある。
 最初から、その日は会社には戻るつもりはなかった。
 それはいつもの行動で、銀行での商談が終わってから、また商店街にある例の喫茶店に寄る。一日に二回寄ることになるのだが、今度は昼下がりから夕方近くになるであろうか。銀行ではいつも武則との商談時間をたっぷりと取ってくれている。どうやら二時間近くは予定してくれていて、その後の商談を午後三時以降に入れるようにしてくれているようだった。
 商談は長引いたとしても一時間がいいところであろう。それ以降はほぼ雑談である。商談をしている時はそれなりの時間が経っていると思っていたが、いざ雑談に入ると、さっきの商談が、相当前のことのように感じられ、しかもアッという間に終わったという感覚になっていることが多い。それだけ商談と雑談では雰囲気も違っているし、商談よりもむしろ雑談の方が話の内容としては濃いものだという意識が二人にあるのかも知れない。
 雑談の方が濃いと思っているのは、二人ともがそれぞれに、
「話が濃い」
 と思っているからで、片方だけが濃いと思っていたとすれば、そこまでは感じなかったことだろう、
 話には以心伝心というものがあり、阿吽の呼吸がなければ、お互いに生き違ってしまい、話がぎこちなくなることで、
――早く話を切り上げたい――
 と感じるに違いない。
 そうなると、商談をしていた時間が懐かしくなり、それほど過去のことであったという意識やあっという間だったなどという意識を持つはずはないだろう。
 雑談の中で出てきたゴルフコンペの話は、武則も誘われたことがあった。例の喫茶店でのことで、
「荻島さんはゴルフなどはしないんですか?」
 と、商店街にあるブティックの店長さんに言われた。
 彼は若く見え、見た目は三十代くらいにしか見えないのに、実際には四十代後半だという。武則よりも少し年上であるが、見た目が若いので、どうしても年下にしか見ることができなかった。だから、話をしていて時々、
――失礼なことはないようにしないと――
 と思いながら話をしているが、彼の方が丁寧な言い回しをしてくるので、却って武則の方がため口になっていることが多い。
 それを相手は別に咎めることはない。普通にしているだけだった。
作品名:自殺と症候群 作家名:森本晃次