自殺と症候群
それは彼女の内面から醸し出される知性のようなものが、見え隠れしているところから感じたことだった。
物静かな雰囲気はまわりの空気の重たくするという感じもした。しかし、重厚な空気でがあるが、決して息苦しくなるような濃厚さではない。重たさを感じるだけで、濃さを感じるわけではなかったからだ。
その感覚が武則には思っていた以上にヒットしたようだ。静代はどちらかといえば、自分の考えに自信が持てない武則を、後ろから支え、押してくれるタイプだったというのが正直なところである。
ほとんど余計なことを言わないが、静代の方から話をしてくれることは、武則にとって一番言葉がほしい時に、的確な言葉を浴びせてくれることであり、最初はそこまでありがたいとは思っていなかったが、次第にありがたさが分かってきて、その時には、自分のそばに彼女がいないことを創造することもできなくなってしまっていた。
静代も武則と一緒にいることで、安心感を抱いているようだった。
静代は、実は武則と再会するまでに、何人かの男性とお付き合いをしたことがあって、その都度うまくいかずに別れている。そのことは武則の知らないことであった。
静代と付き合った男性というのは、そのほとんどが相手の方から静代威付き合ってほしいと言ってきた人たちばかりだ。武則のように自然に付き合うようになった人はいなかった。
付き合い始めると、それなりに世間一般のお付き合いはできていたと思う。しかし、なぜか付き合っている男性は皆、それでは満足ができなくなるようだった。付き合う相手が皆そんな性格だったのか、それとも静代の性格がそうさせるのか分からなかったが、一律に男性が満足できなくなるようだった。
だから交際期間はほとんど皆一緒だった。ほとんどは半年近くで、半年から前後一か月と言ったところであろうか。半年という期間が長いのか短いのか静代には分からなかったが、まわりの人がいうには、
「半年は短いんじゃない? しかも皆半年っていうのは、何かあるわよ」
と言っていた。
「何かあるって、何が?」
静代は別に言われたことに腹を立てたわけではないが、そういう表現をすると、
「そんなに怒ることはないじゃない」
と言われる。
「そんなつもりじゃないけど」
と、静かに反省を込めてそういうと、相手も恐縮して、
「あ、いや、そんな」
と口ごもってしまって、それ以上のことを口にすることはなかった。
気まずくなってしまったというべきか、これが静代の同性との会話だった。男性との会話もおぼつかないだけではなく、女性ともこれでは、なるほど静かな雰囲気を醸し出しているのも納得がいくわけだった。
静代を好きになった男性の気持ちも分からなくはない。どこか影のある女性で、抱擁を感じさせる相手のように思うと、
「守ってあげたい」
と相手に思わせ、男性ホルモンを刺激するのかも知れない。
それは普段であっても、性的な興奮においても言えることではないだろうか。グッと抱きしめると、相手も抱き返してくる。それは自分を頼ってくれているからで、その思いをひたすらに感じることができる相手を求めるというのは、男としての性なのではないだろうか。
だが、男性は気付くのだ。
「抱き返してはくるが、この女性に思った以上に性欲を感じない」
と……。
その理由を最初は分からないことが多い。だが、何度か身体を重ねていると、物足りなさの理由が肉体的なものであることに気付く。自分が求めているよりも痩せていることで、自分が求めていた癒しは、自分にもたれかかってくるような雰囲気を肉体が反応してくれると感じたが、やはり肉体が自分を満足させてくれない。
かといって、男としての絶頂には至るものなのだが、自分の絶頂と彼女の絶頂には、微妙なずれがあるようだった。
それは彼女の快感を貪っている感情が伝わっていないことからだった。声は漏れてくるのだが、声を漏らさないように我慢しているのに、どうしても漏らしてしまう声とは明らかに違う。少しでも違うと感じると、男は、
「義務感で感じているだけなのか?」
という疑念を抱く。
男によっては、自分のテクニックの甘さを感じたり、自分の気持ちが相手に伝わっていないという思いがこみ上げてくるのか、次第に彼女に対して冷めてくる自分を感じた。
そうなると、気持ちが遡ってくるというもので、
「俺は最初からこの女を好きだったんだろうか?」
と、最初の気持ちまでも疑ってしまう。
それは、疑問を感じてからすぐに感じる人もいれば、次第にジワジワと感じるように思えてくる人もいる、それでも最後には、最初に好きだったのかどうかという疑念に行き着いてしまうと、その瞬間から、それまで付き合ってきた事実が消えていくのを感じるのだった。
そうなると、もう相手は静代に未練はなくなってしまう。
「もう別れよう」
何度その言葉を聞かされたことか、
「えっ、どういうことなの?」
と最初はパニックになって、相手にすがる気持ちを表に出していたが、相手が最初からなかった気分になることで、いくらすがってみても、それは時すでに遅くという状態になってしまうのだった。
だが、これは静代自身も気づいていないことであるが、もしもう少し彼女と長く付き合っていれば、静代の真の良さが分かって、結婚を意識するくらいにまでなっていたはずなのだ。
我慢が足りなかったと言えばそれまでなのだが、きっと普通の男性であれば、彼女に対して我慢の限界を超えてしまうのだろう。別に彼女に何ら落ち度があるわけではない。表に我慢しなければいけない確固とした理由があるわけではないというのも、男性側が我慢できる時間が短い理由でもあった。
もちろん、武則にも静代に対して疑問を感じる時期はあった。そもそも好きなタイプがまったく違ったのだから、そう感じるのも当然だろう。しかし、それが逆に幸いしたのかも知れない。
まったく違ったタイプだったので、実際に身体を重ねた時、最初から期待はしているわけではなかった。いわゆる未知の世界であったというのは拭えないが、それが武則を有頂天にさせたのかも知れない。
――こんな女性もいるんだ――
という思いを抱かせ、その思いが、それまで我慢できなかった男性にとっての結界を、武則が初めて破ったのかも知れない。
武則は静代と結婚してよかったと思っている。静代は武則に逆らうことはない。そういう意味では少し物足りなさもあったが、一度死を覚悟した武則にはちょうどよかったのかも知れない。
静代は武則と結婚して、よかったと思っていることだろう。今までの自分を呪った時期もあった静代は、
――私に結婚なんて無理なんだわ――
と、マイナス思考全開を思わせるのだった。
武則の中では、静代という女性は余計なことを言わないので、
――もし、静代が俺に何か助言や忠告をすることがあれば、それは真摯に受け止めなければいけないな――
と思っていた。
だから、口数が少ないことを気にすることはなかった。何かあれば、きっと口に出して言ってくれると思ったからだ。
静代は武則のことで気になっていたのは、
「自己暗示に掛かりやすいこと」
だった。