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短編集77(過去作品)

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 きついわけではないのだが、なぜか目を開けることができない。それでもそこがホテルだとすぐに感じたのは、部屋が広々としているように感じたからだ。
 匂いからだろうか? それとも時々感じる冷たい空気が感じさせるのだろうか。風に余裕が感じられるのだ。
 橋本は裸である。隣に暖かさを感じ、それがちはるであるという自覚があった。頭がぼやけているにもかかわらず、すぐにちはるであると分かったのだ。
「うぅん」
 湿気を帯びた空気を感じたが、ちはるが気だるそうに耳元で囁いたからである。心地よいだるさが身体を敏感にしているようで、シーツにあたる身体がさらなる快感を呼んでいる。
 しかし身体を起こすことはできなかった。そこに気だるさを感じるのだ。肌が擦れ合う暖かさを感じながら夢を見ていたような気がする。それは一体どんな夢だったのだろう。思い出すことができない。
 次第に暗闇に慣れてくると、仰向けになっているので、目は天井を見つめている。今にも落ちてきそうな天井の迫力を感じ、思わずたじろいでいた。意識がハッキリしてくるにしたがって頭痛が襲ってくる。身体の気だるさとは別で、頭以外はまるで自分のものではないような気分にさえなってくる。
 目の感覚と頭痛とは、どうやら繋がっているようだ。頭痛を激しく感じ始めると、目の前に迫って見える天井がハッキリと見えてくるように思える。迫ってくるような迫力にまるで頭だけで落ちてくる天井を支えているような感覚になってくるように思えて仕方がない。
――私はこの女を抱いたのだろうか?
 考えているが思い出せない。頭痛がひどくなってきて、考えることすらきつくなってきた。しかし、この頭痛がすぐに治まることを橋本は知っていた。今までに何度も同じような痛みを感じ、じっとしていれば治ったものだ。それも、いつも布団の中でのことだったのは偶然だろうか。女を抱いた後に頭痛を起こす体質なのかも知れない。
 女房はそのことをよく知っている。橋本の身体自体を知っているというべきだろう。頭痛を起こす時の橋本は、どこか普段と違うようだ。
「あなた、はい、お薬よ」
 常備薬と水はいつもベッドの横のテーブルに用意していた。妻がいつも用意してくれている。
「ありがとう。それにしてもよく分かったね」
 頭痛で苦しんでいる時、なぜかあまりまわりの人に知られたくないという本能のようなものがあるようだ。これは昔からで、知られて気にされたり、余計な気を遣われることを嫌ったのだ。それだけ頭痛はひどく、薬を飲めばすぐに収まっていたのだ。
「あなたの身体が急に熱くなって、硬くなるのを感じるんです。そのあとに来る小刻みな震えも分かりますよ」
 熱くなって難くなる身体、自分では想像できないが、きっと相手には敏感に分かるのだろう。今横で寝ているちはるにも分かっているはずだ。しかし、彼女は軽い寝息を立てている。たまに寝返りを打ってこちらを見るが、どう見ても夢見心地の顔になっている。
――うう、さすがにきつい――
 そう感じると、枕元に置いてあるカバンから薬を取りだして飲んだ。枕元の台には水の入ったコップが置かれていて、きっと酔いを醒ますためにちはるが置いてくれたのだろう。それはもちろん、橋本のためにである。
 心遣いが嬉しかった。彼女を起こさないように気を遣いながら、薬を飲んだ。起きられて下手に心配されるよりも、治まるまでじっとしておいてほしいという気持ちが強い。
 薬を飲むと次第に痛みが引いていくのが分かる。自分でも身動きしないように、呼吸を整えながら落ち着くことを心掛けている。それによって頭痛も治まるのだ。
 今、自分がどこにいるのか、頭はそのことばかりを考えていた。ホテルの一室で、ベッドの中、隣には先ほど知り合ったばかりのちはるが寝息を立てている。それが今の状況である。
 ちはるは新婚ではないのか?
 少なくとも、自分が連れ込んだ記憶はない。ちはるが連れてきたのだろうか?
 今のちはるの表情を見る限りでは、そのあどけなさからそんな大胆な感じは見受けられない。だが、身体全体に残っている温かさ、それは女性を抱いた時だけに感じる満足感のようでもある。
――紛れもなく、私はちはるを抱いたのだ――
 久しぶりに抱いた妻以外の女、だが、その身体には懐かしさがあった。妻ほどの包容力を感じないまでも、妻にはない懐かしさがあるのだ。深さを感じるというべきか、子供の頃に感じたような心地よさだ。
 近所に住んでいたおねえさんを思い出すのだろうか?
 近所に住んでいたおねえさんに橋本は憧れていた。小学生の頃はよく一緒に学校に行ったものだ。朝誘いに行くとちょうど食事をしながら髪を梳いているおねえさんの姿を見かけた。パンを食べながら片手で髪を梳いている姿は、いかにも大人の女性を想像させた。
 好きだったのかも知れない。
 橋本が女性に興味を持ち始めたのは遅かったのだが、それまでに興味を持った女性がいないでもなかった。女性として見ていたことを自覚はしているが、好きだったのかどうかは今考えても分からない。そんな経験があるのは、橋本だけではないだろう。
 それだけに今ちはるに感じている懐かしさが近所に住んでいたおねえさんに結びつくことがすぐには分からなかったのだ。
 おねえさんは、知り合って二年もしないうちに引っ越していった。学校に行くのもそれからは一人、寂しさのため落ち込んでいたが、それを悟られたくなくて意地を張っていた自分がいた。
 橋本は、どちらかというと人に弱みをすぐに見せる方だ。だが、肝心なことになると弱みを見せたくない。どちらが本当の自分なのかと考えたこともあったが、結局結論など出るわけもない。
――どっちも自分なんだ――
 しいて言えば、これが結論というべきであろう。弱みを見せて甘えてみたいと思うこともあれば、放っておいてほしいと思うこともある。その判断を間違えるとわだかまりとなってしまうかも知れない。
 弱みを見せてしまうのは、知り合ってすぐが多いように思う。元々相手のことを知るよりも先に自分のことを知ってもらいたいと思う方である。そのため、つい何でも見せてしまうことがあるが、すべてが自分の大切な性格だと思うからである。それを分かってくれる人かどうかを最初に見極めようとするが、それができなければ、相手に弱みを見せてしまう結果になってしまうだろう。
 一番不安なのは、酔っ払っていた自分がどこまでちはるに自分のことを悟らせたかである。知り合ってすぐに性格を把握できる女性もいるが、ちはるに関しては、まったくどんな女性か分からない。謎に包まれた部分が多いのだろうか、自分の中でイメージが湧いてこない。
 今までギャンブルをする女性と知り合ったことがないからかも知れない。パチンコをしている時の自分ですらイメージすることが難しいのに、パチンコをしている女性に関してはかなりな偏見を持っているのだ。
 下あごを突き出すようにして虚ろな目で見つめる台、片手にはいつもタバコが握られていて、すべてが無造作に見えるその姿。パチンコ屋で見かけるのは、そんな女性しか眼に入らなかった。
作品名:短編集77(過去作品) 作家名:森本晃次