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短編集77(過去作品)

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 真剣に台に向っている女性もいるのだろうが、どうしても目立つのはそんな女性たちだ。少なくともちはるにそんなことはないだろう。だが、それだけに台に向っているちはるを想像することは困難だった。
 新婚で幸せなはずなのに、パチンコで遊び、一人で呑みに来る。あげくの果てに知り合ってすぐの男とベッドをともにする。橋本にとって女性としての想像の域をはるかに超えていた。
 しばらくじっとしているとだいぶ頭痛も治まってきた。酔い覚ましをかねて身体を起こし、シャワールームへと向う。
 それほど温度を上げているわけでもないのに、お湯が身体にしみこんでくるようだ。毛穴を通って身体に入ってくるような気分は心地よいものである。酔いが醒めることなくシャワーを浴びたことなどなかったが、これほど酔いの中でのシャワーが気持ちいいとは思いもしなかった。
 湯気が立ち上り、次第にもやが掛かったようになってくる。シャワールーム以外は真っ暗なので、白さが余計に浮き立って見えてくる。水の勢いよく流れる音が心地よい。
 さっきまで寒かったのだろうか?
 アルコールが入ると身体がいつも冷たくなっている。一緒に寝ていたちはるの身体がとても熱かったのを思い出したが、冷たかったということは、酔いも醒めかけている証拠である。きっと頭痛も醒めかけている酔いも手伝ってのことだったに違いない。そういう意味でもシャワーを浴びることで頭痛から開放されるのは間違いないことだろう。
 シャワーから出ると、まだちはるは眠っていた。軽い寝息を立てているようで、実にいとおしく感じられる。
――一体私はどのようにしてちはるを抱いたのだろう――
 橋本は目の前の無防備な女性を見ながら考える。真っ暗な中でも浮かび上がってきそうなほど真っ白な肌。それはきめ細かさを想像させる。
 抱いた感触が少しずつよみがえってくる。暖かさというよりもまるでやけどしそうなほどの熱さが身体の芯から湧き上がってくる。
――これほどの熱い身体が今までにあったかな?
 そう感じるほどの熱さである。
 ベッドの横でじっと見ていると、何となく違和感を感じてきた。最初はそれが何だか分からなかったが、臭いが変なのだ。
 ずっと眠っていて目が覚めた時、最初は甘い香りを感じた。それが柑橘系へと変わり、次の瞬間、猛烈な頭痛のため、嗅覚はおろか、他の感覚まで麻痺していたのだ。
――これは夢の続きだろうか――
 と思ったのも無理のないこと、何しろ今日会ったばかりの女性が、まだ軽く話しただけで何も知らない女性がベッドの中で自分に甘えるように胸に覆いかぶさっていたのだからその気持ちも当然だ。
 しかし、頭痛が治まりシャワーを浴びても彼女が消えることはなかった。まさしく橋本と同じベッドの中にいるのである。記憶がない以上、それがなりゆきだったのか、それともどちらかが強引だったのか分からない。ハッキリ分かっていることは、頭痛がしている時にちはるを見て、小学生の頃近所に住んでいたおねえさんを思い出したことだ。急に引っ越していって、自分の思いがうやむやのまま終わってしまい、気持ち奥深くにしまってあった封印が解かれた瞬間だった。
――何だろう? この臭いは――
 頭痛が治まってから感じた匂いは最初に柑橘系を感じ、それが一瞬で、次に甘い香りを感じた。それがちはるの女としてのフェロモンであることに気付くと、甘いだけではなくいろいろな香りが交じり合って充満している気がした。汗の匂いであったり、橋本自身の男としての匂いであったりする。それは普段感じることのない自分の匂いを感じた瞬間でもあった。普段なぜ自分の匂いを感じないか分からないが、頭痛が治まってからの嗅覚が今までにないほど敏感になっているのは確かなようだ。
 それほど敏感な嗅覚が捉えたよく分からない臭い、それは甘い香りの中に紛れて、瞬間瞬間に橋本の嗅覚を刺激する。不快な臭いであることには違いない。嫌いな臭いなのだ。
――嫌いな臭い?
 そう感じた瞬間、自分の嗅覚が信じられなくなった。するはずのない臭い、それを感じたのだから……。
 思わず枕もとの上にある灰皿に目が行った、明らかに吸殻があるわけではない。
 そう、感じたのはタバコの臭いなのだ。
 しかもそれは最近すぐに頭痛を起こしてしまうようなあの忌まわしい臭い、その臭いが吸殻もないのに鼻についたのだ。錯覚以外の何であろうか?
 橋本が立っているのと反対側を向いて寝ているちはるだったが、さっきまではこちらを向いていたように思える。寝返りを打ったのだろう。だが、あれだけ光って見えていた白い肌が、丸くなっている背中を見る限り、それほど白くはない。むしろ小麦色に感じるほどで、下着の線がクッキリ見えている。
 パチンコを趣味としている以外ではどこから見ても清楚で大人しい女性にしか見えなかった。まるでアウトドア派といった肌の焼け方が別人ではないかと思わせるほどである。確かに人は見かけによらないというが、あまりにも雰囲気が違いすぎる。
――自分の目がどうかしているんだ――
 と思ったが、臭いを感じ方向はどうやらちはるの身体からのようだ。
――タバコなど吸わないと言ったのに――
 と考えてみるが、さっきまで一緒にいてシャワーを浴びに立ち上がるまで、まったく感じなかったタバコの臭いである。似合うはずのないタバコの匂いを感じことで、今日の自分がどうかしているのを感じた。
 ちはるの中の隠れた部分を垣間見たような気がした。ここに来たのもきっとちはるの誘惑に勝てなかったからだろう。彼女は普段は清楚なのだが、パチンコや男を前にするともう一人の自分が姿を現わすのだ。
――では自分はどうなんだ?
 パチンコをしていて感じる自分の本性。打っている時に大当たりが来るか来ないか分かる時がある。それは自分の本性に触れた時ではないだろうか。
 勝った時と負けた時では精神状態に天と地ほどの差があり、勝った時には負けた時の、負けた時には勝った時の自分を完全に封印してしまう。同じ身体に共存はできないのだ。それが隠れたる二重人格性というものではないだろうか。
 それをきっと無意識に自覚している。だからこそ、無気力になるのであって、どちらかが顔を出していない時の自分は何を考えているのか分からないが、本当の自分でないことを分かっているのだ。目の前のちはるの背中がそのことを教えてくれた。
 パチンコにのめり込んだ自分は、のめり込むだけの理由があったのだ。
 自分の中にある多重人格性、それを自覚した者同士が惹き合う。これは自然な気持ちの表れだろう。それがいいことなのか悪いことなのか分からない。今はその快楽に溺れているが、きっともちはるを抱くこともないだろう。
 そう、お互いの二重人格性の一端が偶然刺激しあったことでの一夜なのだから……。

                (  完  )


作品名:短編集77(過去作品) 作家名:森本晃次