小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集77(過去作品)

INDEX|2ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 そう思うと、自分の中に真理子を好きになったという自覚が生まれてきた。時々二人で話をすることもあったが、もちろん最初は芸術についての話に花を咲かせていた。湯川は話に夢中になるとだんだん興奮してきて、声など自然に大きくなるタイプである。そのため、
「そんなに怒ることないじゃないか」
 と言われて初めて我に返ることも多かった。
「すまない、話を始めて興奮するとつい大きな声になってしまうんだ」
 とよく言い訳をしたものだ。
 しかし真理子にそんな言い訳は不要だった。やはり同じような考えが多いのか話が架橋に入るとお互いに大袈裟なほど大きく頷いたり、目をカッと見開いたり、自己主張が激しかったようだ。
 だがそのうちに芸術に関しての話だけではなくなっていた。彼女の中で誰かに何でもいいから聞いてもらいたいという意志があるのか、それまでは一切自分のことを語ろうとしなかった真理子が堰を切ったように、自分の話を始めたのだ。
 いとおしいと感じるようになったのはその時からだった。それまでは単なる同じサークルの仲間、そこまで割り切って話ができていたか、ハッキリと分からないが、女性として実際に意識したのは、その時が初めてだっただろう。
 彼女は高校時代から小説を書き始めたようだ。ものを作ることが好きで、本というものの魅力に取り憑かれたのも、その時だったようだ。
 湯川もそうだが、本屋や図書館などのあのシーンとした独特な雰囲気と、本のあの匂い、まるで自分が高貴な趣味を持っていることを自覚できる瞬間でもあった。
 そんな本を作ることができればいいな。
 というのが彼女のそもそもの目的だったようだ。
 本を読むこと自体、湯川には無縁だった。学問書を読むことはあっても、それ以外はあまりなかった。小説などは特に無縁で、だが、大学に入ると読んでみたいとも思っていたのも事実だ。
 真理子の書く小説のジャンルは、ファンタジーやメルヘン系が主だった。湯川としてもイラストを描きやすいジャンルでもある。イメージが浮かんでくるからだ。妖精だったり、花だったりと、メルヘン系は少しぼかして描くだけで、挿絵のイラストとしては十分だった。
 イメージをするのは簡単だった。これほどイメージが簡単なことだったなんて、それまでの湯川からは信じられない。
 湯川にとってイメージとは、今までであれば想像もつかないことだった。理屈に合うことばかりに長けていて、想像することが苦手だと思っていたからである。答えを一つとしないものはそれでも苦手ではあった。イラストだけがイメージとして湧いてくるだけで、湯川にとっては、それだけでも目からウロコが落ちた気分である。
 真理子の書く小説につけるイラストが機関紙で発表される。あくまで小説がメインであってイラストは縁の下の力持ちだ。だがそれでも、湯川のイラストが一時期話題になったことがあった。
「このイラストはなかなかいいね」
 そんな話がサークルの人の耳に入ったらしい。それで、本格的に絵を載せないかとも言われたが、さすがにイメージがあってのイラストなので、コーナーを作って乗せてはみたが、なかなか満足のいくものではなかった。
 しかし、それでも自分で考えているよりは、機関紙のできはよかったようで、
「また続けてほしい」
 と言われ、結局サークルを引退するまで、描き続けた。
 それが自信になったのは言うまでもない。挿絵としても、コーナーを作ってのイラストとしても、それなりの評価を得ることができた。
 きっと就職活動でその自慢の鼻をへし折られたに違いない。
――それまであれだけ自信があったのに――
 と思ったことだろう。
 真理子とは、サークルに入ってすぐに付き合い始めた。
 実際にどちらから告白したというわけでもないが、なりゆきというわけでもない。まわりもきっと自然に二人が付き合っていることを分かっただろう。別に二人とも隠そうとしなかったし、自分から公表もしなかった。それだけ自然だったのだ。
 それまで湯川は女性というものを知らなかった。女性と付き合うのも初めてだし、手を繋いで歩くことすらなかった。
 真理子は、それまでに男性を知ってはいたが、それほど経験が多いというわけでもない。
「私は本当に好きな相手ではないと、そういう関係になりたくないの」
 初めて真理子と二人きりになった時に、言われた言葉だ。
「君は自分というものをしっかり持っている女性だ。それはよく分かるよ」
 真理子にとって、自分が好きな男だということは、すぐに分かった、真理子が湯川を見る目、それはかすかに潤んでいて、下から見上げるその瞳には、綺麗に自分の姿が写っている。
――煌いて見えるというのは、こういうことなのだ――
 そう感じると、真理子がいとおしくてたまらない。
 初めての時は、湯川の部屋だった。大学に入学してアパートでの一人暮らしを始めた湯川は、それまであまり人を連れてくることがなかった。自分の部屋は自分の城だと思っていて、自分だけのものにしておきたかった。
 だが、真理子と知り合ってその気持ちが真理子にだけは薄れていた。真理子が女性だからというわけではない。それだけ最初からずっと一緒にいても違和感がなかった。
――これが恋というものだろうか――
 きっとその通りだろう。だが、他の人を部屋に連れてこないのも、自分が孤立しているからだという気持ちではない。一人になることで、自分をさらにイメージの世界へ誘う作品が描けると思ったからだ。
「湯川さんの作品へのイメージがこの部屋にあるのね」
「そうだね、たまに表でイメージすることはあるけど、部屋でのイメージが強いね」
「私は表でしか小説を書けないの。図書館で書いたり、喫茶店で書いたりすることが多いわ。家にいると、却って気が散るような気がするの」
 という真理子の気持ちも分からないではない。
 気が散りやすいというのはどうだろう? 湯川もすぐに気が散る方だ。いろいろと余計なことを考えては、イメージが現われないこともある。特に部屋にいると最近は近くの家が工事中だったりして、その騒音たるや尋常ではない。勉強だったらできなくもないが、イメージとなるとなかなか難しいものがある。
 だが、勉強と違ってイメージすることは楽しいものだと思えるようになってきた。
 イメージが芸術の本質であるということを知ってから、イメージが好きになったのか、それとも芸術というものが好きになったのか。どちらにしても、イラストを描くようになってからの湯川は他の人から見るとかなり変わってしまったように見えるだろう。
――自分ではそれほどでもないのに――
 と思っている湯川だった。
 真理子を初めて自分の部屋へ連れてくることへの違和感はそれほどなかった。最初からその日に初めて真理子を抱くことになるという予感があったような気になったのは、その日が終わってからだった。最初から考えていたなど自分には信じられない。少なくとも今までの湯川では考えられないことだった。
 真理子の肌は実に白かった。服を着ている上から見たのでは分からない白さ、明かりを消していても浮かび上がりそうな白さはまるで白ヘビを思わせる。
作品名:短編集77(過去作品) 作家名:森本晃次