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短編集77(過去作品)

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薄っぺらい人生



                 薄っぺらい人生


 湯川省吾は、医者になった夢をよく見る。
 今までに何度となく見たことだろう。今でこそ普通のサラリーマンなのだが、高校時代から医大を目指して勉強していた。しかし、自分の望みの通りに行かないのも現実、成績が伴わず、二浪までしたが医大に入ることはできなかった。
「君の成績では大丈夫だと思ったんだがな」
 と高校の先生も言うとおり、自分なりに自信はあった。そう考えると、やはり自分が医者を目指すということ自体、無謀なのだろうか。
 二浪した末、結局二流くらいの私立大学に入学し、成績もそれなりだった。友達もたくさん増え、医大を目指して勉強していた頃が、暗い人生だったような気がして仕方がなくなっていた。
 友達の影響がなければ、もう少し成績もよかっただろう。いや、それは言い訳だ。自分から作った友達なのに、そのせいにしてはいけない。
 高校時代までは本当に一人の時間が多かった。孤独が好きだというわけではないが、それなりに自由を求めていたのだろうか。人といるより一人の方が、余裕があったのだ。
 余裕という言葉を自分の中で大切に考えていた湯川は、大学時代にそれを勘違いしてしまったのかも知れない。
 友達といて、これほど自分を見失うなど思いもしなかった。高校時代までは、学校の友達と学校の外で会うというころはほとんどなかった。あるとすれば試験前などの情報交換だったり、一緒に勉強をしたりなど、その程度だった。高校の成績は学校ではトップクラス、それほどレベルの低い高校ではなかったこともあって、少し天狗になっていたようにも感じる。
 天狗になっていたことを感じたのは、就職活動をし始めた時だった。浪人した時でも、医大を諦めた時でも、そのどちらでもなかったのだ。
 確かに浪人をするということは、人生を後ろ向きに歩いているというイメージがあったが、それでも、就職活動の時ほど、自分の人生の分岐点を感じたことはなかった。
 就職活動ではそれまでに勉強してきた学問だけではいかないところがある。融通が利かないと思っていた湯川にとって、初めて味わう難しい問題のような気がした。きっと浪人中は孤独を楽しむことができたからだろう。
「君はわが道を行くタイプだな」
 といわれたのも、就職活動中に友達になったやつである。同じように商社を目指していたが、成績からいうと明らかに湯川の方が優秀だった。しかし彼の落ち着きたるや、悔しい思いが滲み出る。
 湯川から言わせれば、
「君の方がわが道を行くって感じがするんだけどね」
 別に皮肉を言っているつもりではない。だが、相手には皮肉に聞こえたことだろう。
「ははは、確かにそうかも知れないな。だけど、本当の自分の道を知っているやつが、果たしてどれだけいるんだろうね」
 湯川は考え込んでしまった。
「まるで禅問答しているようで、答えは出てこないだろうね」
「例えは変だが、ヘビが尻尾から自分を飲み込むような感じだな」
「メビウスの輪を思い出すよ」
 話がどうしても大袈裟になってしまうのも湯川の性格の一つだった。
 不思議な現象の話を始めると、友達も負けていなかった。湯川自身も昔から不可思議な現象について考えるのが好きだった。好きだったというよりも、無意識に考えていると言った方が正解かも知れない。
 孤独が好きだったというよりも、一人でいろいろ考えるのが好きだった。絶えず何かを考えている。湯川はそんな少年だったのだ。
 成績がよかったのも、理詰めで考えることができたからだ。理屈で理解することを優先するため、暗記ものは苦手だった。数学のように答えが一つしかなくて理屈に叶っている学問の成績がずば抜けてよかったのだ。
 その反動だろうか。少し応用を要する学問に関しては成績が著しく悪かった。理解することがすべて、できなければそこに妥協はないのだ。国語や英会話などの違訳は苦手だった。
 その点、医学など向いていると思っていた。ただ暗記が苦手なのは小学生の頃から分かっていたので、何とか理解して覚えようとしたものだ。だが、それが却ってプレッシャーとなり、覚えられるものも覚えられないに違いない。そのことに気付いた時はすでに遅く、二浪もしていたというわけである。自分のことが分かっただけでも、浪人していた時間は決して無駄だったとは思わない。それよりも大学に入ったことで緊張の糸がプッツリと切れてしまったことが、湯川には口惜しいのだ。
 浪人時代にも感じたことのなかった異性への思い、一気に噴出したのも、大学の門をくぐってからだ。自分の生活を一気に変えてしまった大学の門、今でも目を瞑れば浮かんでくるのである。
 蔦が絡んでいた。年代ものの門である。重たそうな鉄の扉が左右に開いている。錆びていたのか閉じる時の音がキーと甲高い音を立てていた。
 歴史のある大学ではあった。大学のレベルというよりも、芸術家などの個性的な人間が輩出されることで有名な大学、そのせいか文科系のサークルは活発だった。
 かくゆう湯川も文芸系のサークルに所属し、イラストを主に書いていた。所属していたサークルは、年に何度か機関紙を発行しているようなところで、挿絵になるイラストや、自分の作品にページを割いたりもした。このサークルに入ったのも偶然だった。講義で隣の席に座ったやつが、講義の合間に小説を書いていた。興味があったので講義が終わると話しかけ、そのまま意気投合し友達になったのだ。
「君も興味があったら、うちのサークルに来ないか?」
「いや、私は小説を書いたりすることにはちょっと……」
「なに、小説ばかりとは限らないさ、ポエムや俳句、ビジュアル系だってオッケーさ」
「イラストなら描いたことがあるけど」
「それでいいんだよ。ちょうどうちのサークルに絵心のある人間がいないので、機関紙の挿絵を描いてくれるやつがいなくて困ってたんだ。君が来てくれると、皆喜ぶと思うけどな」
 その言葉がきっかけだった。最初から完全な乗り気だったというわけでもなかったが、遊びで描いていたイラストを見せて皆が本当に喜んでくれるのを見ると、その気にならない方がどうかしている。気持ちはサークルに入る方へと一気に傾いた。
 もう一つ原因があったとすれば、そのサークルで真理子を見たからだろう。サークルでは紅一点、マドンナ的な存在だった。
 男性の中に女性が一人いると、どうしても目立って見えるが、湯川には真理子という女性に自分がドキッとするようなところを発見したように思えた。開放的なように見えて、自分をしっかり持っているように見える。そんな女性に惹かれる自分。女性というのを意識はしているが、初めて一人の女性を意識した瞬間だった。
 人から見れば少し変わったところがある女性に見えるかも知れない。
 頼まれごとも多く時間がないように見えるが、その都度そつなくこなしていて、無駄がない。他の時間は自分の創作活動に意欲を燃やしているが、創作している時の真理子はまるで別人だ。
――いや、これが本当の真理子なのかも知れない――
作品名:短編集77(過去作品) 作家名:森本晃次