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短編集77(過去作品)

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 という思いがどうしても頭から離れない。現にすべてのギャンブルは同じで、手を出してはいけないと思っていたはずなのに、パチンコに嵌まってしまった。自分から戒律を破ってしまったのである。こうなれば他のものに手を出すことは死んでもできない。歯止めが利くのも冷静な性格が幸いしているのだ。
 冷静な性格が裏目に出ることもある。
――私はまわりの人間と違うんだ――
 そう感じることで自分を落ち着かせることがあるが、それも冷静に考えることができるからだと思っている。人との差別化を考えるとそこにできてはいけない溝ができてしまうこともあり、話をしていて相手がそれに気付き、不快感を露にすることもある。
 苦みばしったような露骨な表情をされることがあるのだ。
 パチンコとタバコが似ているという人がいた。
「どちらもやめられないんだ」
「もしどちらかを止めないといけないといわれれば、どっちだい?」
「本当はタバコなんだろうけど、考えてみればパチンコ屋に入れば、皆タバコ吸っているじゃないか、同じことだよな」
 確かにそうだ。タバコの場合、まわりにいる人の方が余計に害になると言われているくらいだ。それだけにまわりが吸っているパチンコ屋などにはあまり立ち入らない方がいいのかも知れない。
「どちらも止めようとするとイライラが募るだろう? そんな思いをしていると、却ってよくないと思うんじゃないかな? だから止められないのさ」
「それは言い訳だ。自分流に解釈するへ理屈というやつではないかい?」
 少し強めに言うと、もう相手に反論できるだけの気力はない。反論はどこまでいってもへ理屈なのだ。
 最近橋本はあまりやる気が出てこない。家にいて女房と話をしていても腹の立つことが多いのだ。それはへ理屈から来るものだと思う。少なくとも毎日会社で組織の中で仕事をしていると、家に帰ってからの女房の話がすべてへ理屈に思えてくることがあったのだ。たまに喧嘩になることもあった。へ理屈をそのまま解釈すると腹が立つだけだと思って気にもしていなかったが、自分に余裕がなくなってくると、売り言葉に買い言葉、言い争いになることもあった。
 言い争いになると後に残るのは、
――あそこまで言わなければよかった――
 という思いで、その思いが自分を苛める。それを普段の仕事で気持ちに余裕がないから仕方がないと思って逃げに走っている自分を感じる。まるで堂々巡りをしているように思えて仕方がないのだ。
 そうなってくると、
――カリカリしてもどうしようもない――
 と思ってしまい、結局あまり深く考えないようにしようという結論に達するのだ。
 欲望だけで生きていたように思っていた時期があった。失恋して今の女房に出会うまでの橋本はまさにそのとおりだったように思う。先のことを考えなければいけないという気持ちに苛まれながら。先の見えない苦しさを味わっていた。それでも現実逃避をしなかったのは、元々真面目がとりえだったからに違いない。
 パチンコを始めたのは決して現実逃避からではない。現実逃避だけであれば、きっとここまでのめり込んでいるはずがないと思う。いつも何かを考えていて、次の瞬間には考え方が変わっているような橋本である。現実逃避だけで、ここまで入れ込むことはありえないだろう。
 その日の橋本はツイていたのだろう。ちはると出会ったことで確証が持てた。パチンコ台の前に座った瞬間から予感めいたものがあったのだ。
 その日に打った機種は初めての台だった。新機種といってもいいだろう。攻略本もまだ普及していないような台、いつもであれば、そんな台に入れ込むことのない橋本だったが、その日は台が自分を呼んだような気がしたのだ。いつもなら前に座っていつも正面をじっと見つめてガラスに写った自分の顔を確認するのだが、その日は一瞬たりとも自分の顔を確認する気が起こらなかった。
 ガラスに写った自分の顔がハッキリ見えるわけではない。どうしていつも自分の顔を確認するのかといわれるとピンと来ないのだが、自分の顔がそこにあることを確認して安心したいのかも知れない。心細さをそこで払拭して、あとは台に向かって気持ちをぶつけるだけである。
「台に向かっている人の顔を見るのが、私は好きなんですよ」
 ちはるが言う。
「皆いろいろな表情をしていますよね」
「ええ、一生懸命に目を凝らすようにして台に向かっている人もいれば、タバコをくゆらせながら半分虚ろな目で打っている人もいますね。時々自分がどんな顔をしているんだろうって。考えちゃいますよ」
 パチンコ台の前に向かっている人の顔を見るのは、橋本は好きではない。皆何を考えているのか分からないように感じるからだ。自分がそう考えているのだから、まわりが自分を見る目も、きっと同じ目なのだろうと思えてならない。
「あれだけ大きな音がしているのに、時々無性に眠くなってしまうことがありますね」
「ええ、私もあります。あれだけ大きな音がするのに、それが耳鳴りのように聞こえてくることですよね?」
「ええ、そうです。ほとんどが一瞬で、すぐに我に返るんですけど、本当に一瞬だったかって分からないんですよ。気がついたら玉がなくなっていたってこともあるくらいですから」
「なぜか、最初の頃多かったですね。じっと前を見ていると目が疲れてくるのかも知れませんわ」
「パチンコって何か人を惹きつける魔力のようなものがあるのかもね」
「私は最初の頃、ほとんど負けたことがなかったんですよ」
「きっとそれはビギナーズラックというやつでしょう。私も最初は負けたという記憶がありません」
「欲がないからでしょうか? でも、もう一つ言えば、ジンクスのようなものがあったかも知れません」
「ジンクス?」
 橋本は、最初パチンコ屋に入った時、出会った男を思い出していた。
「にいちゃん、当たるよ、それ」
 この言葉がずっと忘れられずにいた。実際に大当たりが出た時に鳴り響くファンファーレを聞きながら、隣でその時の男が呟いていたのを何度となく感じたような気がする。
 興奮すると、鼻の通りがよくなるのか、大当たりが出た瞬間、タバコの強烈な匂いを感じる。しかし、それも一瞬で、喜びが体中を駆け抜けたかと思うと、感じた匂いもすぐに麻痺してしまいそうだ。きつい匂いを感じるのは、身体全体の血液の循環がよくなるからだろう。目をカッと見開いて、口は真一文字、鼻で思い切り息を吸っている。その時にまともにタバコの煙を吸い込むのだろう。
 最初に優しくしてくれた男が吸っていたタバコの匂いは、今思い出しただけでもかなり強烈な匂いだった。しかも他の人が吸っているタバコとは種類が違うようだ。隣でずっと吸っていたので気になってしまっていたが、優しくいろいろ教えてくれるので、我慢していたのも事実である。大当たりが出た時に感じるタバコの匂い、まさしくその時に感じた匂いである。
「私、タバコの匂い嫌いだったんだけど、まわりにタバコを吸っている人が誰もいないのに、匂いが鼻につくことがあるの。そしてその時は必ず大当たりが出るのよ」
 またしてもタバコの煙だ。ちはるは話を続ける。
作品名:短編集77(過去作品) 作家名:森本晃次