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記憶

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 ジレンマは、自分が二重人格であるということの証明でもあり、それを認めたくはないが、認めなければいけないという掟のようなものを自分で納得できているのかどうかを考え、結局正当性を示すことができず、正当化できなかったことに対して自虐的な考えになってしまうのだろう。
 中二病の彼女の名前は、綾香と言った。
――中二病の割には普通の名前だわ――
 と、決して口に出してはいけない思いを最初に抱いたことは、最後まで心の奥にしまい込んでおかなければいけないだろう。
 綾香はあすなに対して、他の人に対しての目とは違う目をしていた。それは友達になる前から感じていたことだった。あすなは綾香を他の人とは違うという意識で見ていたことで、仲良くなるという意識はなくとも、彼女の視線が気になっていた。自分に対しての視線は、他の人に対してのものとは違っていた。これが別の女の子だったら、あすなの方が意識するのだろうが、相手は中二病だというのが分かっていたので、どちらかというと避けたい相手だったのだ。
 それがどうして仲良くなったのかというと、彼女の自己愛に触れたからなのかも知れない。
 自己愛が強いことで彼女は他の人と違って見えた。自分のことを他の人とは違ってほしいと思っているあすなにとって綾香のような女性は、最初に毛嫌いしてしまって、そのまま徹底的に嫌いでいられれば、もうそれ以上の接近はありえないのだが、きっと自分の中で綾香に対して「隙」を見せたのかも知れない。
 ただ、その隙はあすながわざと開けた隙間だったのではないだろうか。もし相手がどうでもいい相手であれば、あすなが明けた隙間に気付くはずはない。気付いてこじ開けてくれたのであれば、それはその人の思いがこじ開けたもの。あすなにとっても悪いことではないと思えたのだ。
 あすなの開けた隙間を、綾香はすかさず通り抜けた。それもこじ開けるような荒療治ではなく、隙間に触れることもなく、スルッとすり抜ける感覚である。
 綾香にとってあすなは、きっと大切な存在なのだろう。ひょっとすると、彼女の中にある勇者の片割れのように思っているのかも知れない。
 だが、綾香は仲良くなっても、あすなに対して自分の妄想を表そうとはしていなかった。仲良くなったにも関わらず、綾香が何に対して自分を勇者として君臨しようと思っているのか分からない。
――そもそも彼女に勇者という意識はないのかも知れない――
 とも思ったが、中二病的な発想をしていることは間違いないと思う。
 妄想というのは、あすなが勝手に思っていることであって、そもそもの発想から間違っていたのかも知れない。
 これもパラレルワールドの発想と同じで、最初に間違っていれば、そこからどんなに正当性のある道を歩んだとしても、決して正解に辿り着けることはないだろう。
 過去を変えてしまうと、そこから未来は必ず変わる。この発想は間違いないだろう。パラレルというのはパラソルのように広げてしまうと、放射状に広がっていくものなので、時間が経てば経つほど広がっていくのは当然のことである。
 だとすると、広がっていった先に、本来の進むべき先が見えたとしても、それは錯覚なのかも知れない。
「まるで砂漠でオアシスを発見したような感覚」
 つまりは、もがき苦しむ中で、助かろうとして手繰り寄せた綱のようなものなのかも知れない。
 無限の可能性があるということは、似たような世界だっていくつもあり、それが錯覚させる原因になるのだとすると、人間が間違った道を進むというのも無理もないことではないだろうか。
 間違った道を進んだとしても、錯覚だという意識があるわけではないので、そこから必死に正当性のある道を模索する。間違いの上に成立する正当性なので、本来目指すものとはかけ離れていることもあるだろう。
「そういえば、以前に同じようなものを見たような気がする」
 いわゆる、「デジャブ」という現象だ。
 これも、間違った道を進んでしまったことで、本来であれば進みたいと思っている世界と酷似していることで、実際に見たことはないのに、妄想の中で見たというリアルな印象が頭の中にあったとしても、それは当然のことなのかも知れない。間違った道と、本来進むべき道の先にあるものが酷似していればしているほど、デジャブに陥ると考えると、デジャブという現象をどう考えるかで、デジャブを理論的に説明することもできるのではないかとあすなは考えていた。
 これは、綾香と知り合わなければ、行き着かなかった発想ではないだろうか。綾香と知り合ったことで、中二病という意識を持って相手を見ることがパラレルワールドに繋がり、そこから少し飛躍しすぎているとは思うが、デジャブへの発想に繋がるということを考えれば、綾香が自分に対して与えた影響は少なからず大きいものだったように思えた。
 綾香はある日、スマホのアプリを教えてくれた。
――綾香のような子も、普通にアプリをするんだ――
 と感じ、複雑な気持ちになった。
 彼女のような妄想で固まっているような女の子には、そのまま妄想の世界でいてほしいという思いと、
――彼女もやっぱり普通の女の子だったんだ――
 という思いとが入り混じって、複雑な気持ちにさせているのだった。
 元々、スマホは持っていたが、アプリをやって使って何かゲームのようなものをするようなことはなく、ラインも人に教えてもらって、数人としている程度だった。それも他の人ほど頻繁ではなく、たまに連絡交換がある程度だった。
 そのアプリはいわゆる
「育成アプリ」
 と言われるもので、普段人と関わることをしない彼女にはピッタリのアプリなのかも知れない。
 そのアプリにもいろいろ種類があって、動物や植物を育てるものから、子供、さらには彼氏彼女を育てるものまでいろいろあるという。
 アプリは一つで、その中で何を育てるのかというのは、プレーヤーの選択によるものだそうだ。話だけは聞いていたが、まだ実際に開いてみたことがなかったあすなは、別にためらいがあったわけではなかった。
 普通に考えると、育てるということは、まるでロボットや未来生物のような気がしてくることで、どうしても「フレーム問題」や「タイムマシン」のことが頭に入ってきて、
――パンドラの匣を開けてしまったら、どうしよう――
 という考えに見舞われてしまうことだろう。
「たかがアプリ、されどアプリ」
 ということで、なかなか踏み込みことができなかったが、あすなはそのことを綾香に正直に話してみた。
 すると綾香は、
「何を言っているの。私がそれを考えるならまだしも、あなたにはそんなことを考える必要なんかないのよ。あなたが余計なことを考えてしまうと、私がやっているゲームも、やる意味がなくなってくる気がするの。ゲームをするしないは別にして、そんな考えを持つのはやめてほしいと思うのよ」
 と言った。
 あすなとすれば、
「綾香の気持ちは分かるけど、私もゲームをしないのであれば、しないだけの理由がほしいと思うの。今まではこんな気持ちになったことなんかなかったのに、どうしてこんな風になってしまったのかというと、あなたのせいなのかも知れないわ」
「どうして?」
作品名:記憶 作家名:森本晃次