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記憶

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「この小説を書いたのは、現代の人が古代文明を時代背景にして、未来アイテムについての一種の『おとぎ話』的発想で書かれたものではないかと思うの。おとぎ話や神話などというのは、大なり小なり、未来に対しての何かの警鐘を鳴らしているような気がするのよ。だから未来、つまり今現在も一緒に発想に入れてみると、見れてこなかったものが見えてくると思うの」
「なるほど、そうかも知れないわ」
 あすなも彼女の話をつくづく、
――その通りだ――
 と感じた。
「だとすると、現在のことを知っている作者が、未来アイテムをさらに未来に発明されるものとして発想しているのか、それとも、未来がどれだけ進んでも開発されることのないものとして描いているかということでも違ってくると思うのよ」
 彼女は一拍置いて、続けた。
「それでね。私はこのアイテムは、今現在を起点として未来を見た時、開発はされないものだって思ったのよ」
「どういうこと?」
「実はこの小説家の人は、理論物理学者でもあって、工学博士でもあるの。特に彼の専攻はロボット工学なの」
「それがどういうことになるの?」
「ロボットというのは、一世紀くらい前から発想はされていて、半世紀前にはかなりの空想物語としていろいろなマンガや小説になってきた。二十一世紀にはすでに開発されているものとしてね」
「ええ」
「ロボットや、宙に浮く車なんかの未来予想の絵を見たこともあるでしょう? そのどれもが開発されていない。特にロボットはAIというものはあっても、人型の意志を持ったロボットは開発されていない」
「……」
「つまり、ロボット開発には、どうすることもできない壁のようなものがあるのよね。それが解決されない以上、開発されることはない」
「何となくだけど理屈的には分かる気がするわ」
「昔から言われていることで、『フレーム問題』というのが存在するんだけど、知らないでしょう?」
「うん」
 あすなは初めて聞く言葉だった。
「世の中には、数々の堂々巡りというのが存在するのよ。それは矛盾があるからなのかも知れないんだけど、フレーム問題というのも、まさにその発想なのかも知れないわね」
 と彼女はいう。
「フレームっていうと、何かの枠ということなのかしら?」
「ええ、その通り。それがロボットだけではなく、何かの判断には必ず付きまとってくるものであって、そこから逃げることはできないものだって私は思うの」
「うん」
「例えば、洞窟にロボットを動かす燃料と、その上に、動かすと時限スイッチの入る時限爆弾が仕掛けられていて、ロボットにその燃料を持ってくるように命令した場合を考えてほしいの。これはフレーム問題を説明する時の題材としてあげられるたとえなんだけどね」
 あすなは、まだ彼女が何を言いたいのか、よく分からなかった。
 答えられずにいると、彼女が続けた。
「最初のロボットは、時限爆弾を動かすと爆発するということは分かっていたので、時限爆弾ごと、振動を最小限に抑えて爆弾ごと燃料を表に持ってきたのよ」
「どうして?」
「爆発するとは分かっているけど、爆発するとその後どうなるかということがロボットの頭の中にはなかった」
「どうして?」
「何かをしてもしなくても、次の瞬間には無限の可能性があるわけでしょう? それがロボットには判断できない」
「でも、爆発するということだけに限ってしまえば、可能性は相当限られてくるはずよね。だったら、もっと他に考え方があったんじゃない?」
「それは人間の発想よね。でも、ロボットには分からない。今言ったように『限ってしまう』という発想だけど、それが『枠に当て嵌める』ということでしょう? つまりはフレーム問題よね。でも、そのフレームだって無限に存在するわけでしょう? それを限定させることは人間には不可能なの。そういう意味で発想が堂々巡りしていると言えるんじゃないかしら?」
「うーん、なるほど」
 あすなは、思わず唸ってしまった。
 確かに彼女の言う通り、無限の発想から、パターンを限定すればいいと考えるが、そのパターンだって無限にあるパターンをあらかじめ、インプットしておく必要があるわけだ。最初から無限のパターンを持っていないと、できない発想が出てきて、ロボットはまったく動くことができず、機能できなくなってしまうに違いないからだ。
 それを「フレーム問題」だというのであれば、ロボット工学という発想が、これを解決できない限り達成できないということだけは容易に理解できる。動かなければロボットといえども、
「ただの箱」
 に過ぎないからである。
 堂々巡りは矛盾を孕んでいるということにいまさらながらに気が付いたあすなだった。堂々巡りを繰り返すことがすべて前に進まないという発想ではないと思うが、堂々巡りに矛盾が孕んでいると思うと、納得が行く気がした。
 このことをあすなは彼女に話そうと思ったが、口にはしなかった。きっと分かっているはずだと感じたからだ。もし話すとしても、もっと彼女の話を聞いてからだと思った。今自分の意見を先に言ってしまうことは、早まったような気がするからだ。
 あすなは彼女に気を遣ったりはしない。きっと気を遣われることを嫌うに違いないと思ったいからだ。あすなも人に気を遣うことが苦手なので、ちょうどいいと思った。
――ひょっとして、彼女は最初からそれが分かっていて、私に声を掛けてきたのかな?
 と感じるほどだった。
 その考えは、
「当たらずとも遠からじ」
 ざっくばらんとまではいかない微妙な距離が、二人の間には存在していた。
 あすなはそれが心地よい空気であったが、彼女はどうだっただろう? きっとあすなが感じている微妙な距離より近い感覚を抱いているような気がした。
 彼女の話は興味を引いたが、あすなはあすななりの考えが浮かんできて、話を聞いているうちに、
――どこかから、少しずつ変わってきている――
 と感じた。
 その思いが、ひょっとすると、小説の中で未来に開発される発明がいまだに開発されていないことを彷彿させる発想になっているのではないかと思われた。
 ロボットのフレーム問題は、それが解決できないと、自分の意志で動くロボットの開発などできるわけがない。ちょっと考えるとフレーム問題を解決などできるはずはないと思うが、実際に今となってもロボットが開発されないことを思うと、ロボット開発というのは、タイムマシンと同じで、一種の「パンドラの匣」と言えるのではないだろうか。
 タイムマシンの場合も、不可能と思えるようなことがある。特に過去に向かう場合に不可能を感じさせる。
 いわゆる、
「親殺しのパラドックス」
 と呼ばれるものがそれであり、異次元研究の通説となっている。
 タイムマシンが開発され、過去に行くことがあったとしよう。遠い過去でも近い過去でも同じことではあるが、分かりやすい説明として近い過去に戻るとしよう。
 その過去とは数十年くらい前のことで、自分がまだこの世に生を受ける前で、父親と母親がいる世界であった。
 二人が結婚しているしていないは別として、どちらかの親の近くに自分が現れたとしよう。
作品名:記憶 作家名:森本晃次