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記憶

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 そのうちにもあすなは、ゲームの開発会社のホームページをチェックしていた。そんなある日、
「育成ソフトの不具合を解消するプログラムを開発いたしました」
 という文句が書かれていることに気付き、ホッと安心したのだが、それをインストールする方法については言及されていなかった。
 後ろの方に、申し訳程度であるが、
「インストール方法については、後日このサイトでご案内いたします」
 と書かれていた。
 プログラムが完成したということだけを利用者に伝え、安心させたかったのかも知れない。だが、実際にどんな不具合があって、どのように対処し、どんな効果があるのかなど記されているわけでもない。あくまでも解決したという旨だけを説明し、その場を収めていたのだ。
――こんなのでいいのかしら?
 と単純に思ったが、それ以上のことを示す何かがあるわけではなかった。
 メーカーに対して不信感というところまではなかったが、何か嫌な予感が残ったのもまた事実であった。あすなはサイトを時々見ていたが、
――このサイトを他に見ている人がどれほどいるんだろう?
 と考えるようになっていた。
 思ったよりも見ていないような気がしていた。サイトとしては立派なものができているが、メーカーとしての知名度はそれほどのものではない。どうしても世界的に有名なメーカーがいくつかある関係で、それ以外のメーカーはほとんど目立つことはないだろう。それはゲームメーカーに限ったことではなく、他のメーカーにも言えることだと思う。あすなはそう思うことでゲームを楽しめなくなるのを心配していた。だから、サイトを見る時も、必要以上に余計なことは考えないようにしていた。
 ゲームのサイトに変化が現れている間、あすなはゲームの中の克幸を次第に愛することができないと思うようになっていた。
 それは兄を意識してしまったからで、そのことを知らない克幸は戸惑っているようだった。ゲームの中のキャラクターは、決められたように行動し、それに伴った一定の感情をインプットされているのだろう。あすなのように自分を兄として見ている人がいるなど、まったくの想定外であろう。
 克幸がそんな風に思っているとは知らないあすなの方は、自分が兄を意識しているくせに、戸惑っている克幸を見て、
「どうしたのかしら?」
 と思っていた。
 もし、人間同士であれば、そこから亀裂が走り、別れる別れないという問題に発展するのだろうが、元々付き合っているという感覚のない二人は、別れるという概念がなかったのだ。
 あすなは次第に画面の中の克幸に対して不信感を持つようになった。それはあくまでもゲームの主人公として自分を好きになってくれるという設定に逆らっていることへの不満のようなものがあったからだろう。
 克幸とすれば、あすなの様子を挙動不審のように感じたことで、信じなければいけないとプログラムされている自分が、相手を信じられないというプログラムに逆らうような感情を持ってしまったことに戸惑いを感じているのだろう。
 あすなはそれを自分に対しての戸惑いだと勘違いしたからで、きっとあすなの思い込みがそうさせるのだろう。
 傲慢と言ってもいいかも知れないそんな感情が、あすなをさらに孤立させる気分にさせていた。ゲームを始めてからずっと一人で部屋にいても、まったく違和感がないと思っていたのに、気が付けば一人で引きこもりになっていることを自覚したその時、何を思ったのか、ゲームを閉じてしまった。
 ゲームを閉じれば、急にシャットダウンしたかのようになることで、その前後の記憶が克幸には消えているようだ。あすなは今回急に閉じてしまったのは、わざと克幸に記憶を消させるような意識が働いたのかも知れない。
 克幸は平然としているが、本当は記憶のないことをどう思っているのだろう?
 あすなは克幸がそれ以降、あまり感情を表に出さないようになったことを気にしながら、開発メーカーがサイトをどのように更新するか、興味深いところであった。
 メーカーの発表によると、不具合の原因というのが、アプリに登場する人間が、本来であればプレイヤーが設定した年齢に達すると、主人公は年齢の進行がゆっくりとなり、そこからは、主人公と同じスピードで成長していくものだという設定だった。
 そして、ラストはどうなるかということは、非公開になっていた。実際には二人の間に恋愛シミュレーションが生まれることで、お互いに惹かれあうというのが売りだったはずなのだが、中には思い入れの激しいプレイヤーがいて、そのプレイヤーの無茶ぶりによって、ゲームを強制終了させるようになっていたという。
 しかし、実際に強制終了が利かずに、プレイヤーの中で深刻な引きこもりや躁鬱症にかかってしまったりして、保護者からいくつかのクレームが来たという。
 この機種には、いくつかのバージョンが存在し、深刻な状況を生み出した一部のバージョンは自主回収し、他の機種に関しては、さらに制御を強化したアプリをインストールすることでこの状態を解消させようとしたという。
 そこでメーカーから、プレイヤーに求める情報提供として、
「このゲームにおいて、恋愛シミュレーションに入ってから、主人公は本来であればプレイヤーと同じ成長となるが、年齢の進行が微妙に狂ってしまう弊害が起こる可能性があります。その時は、即刻メーカーに問い合わせてください。調査させていただきます。ご協力のほど、よろしくお願いいたします」
 という内容だった。
――どういうことなのかしら?
 と思っていたが、実際に克幸の年齢進行は、あすなの考えているのと、さほど違いを感じなかった。
 だが、あすなが自分の兄を思い出したことで、状況は少し変わってしまったようだ。
 あすなと兄の年齢差は四歳だったと母親から聞かされた。お兄ちゃんが二歳になってすぐくらいに病気に罹り、少しして死んでしまったと母は言っていた。
 さすがに一年は子供を作ろうという意識はなかったらしいが、父親の方が子供を望んだことで、すぐにあすなを身ごもったという。さすがに怖かったという気持ちには変わりないだろう。それでもあすなは順調に成長し、何事もなかったかのように、両親もあすなの親をやってこれた。
 あすなは、両親の気持ちを量り知ることはできないが、ゲームでの仮想彼氏とはいえ、克幸を見ていると、自分が育ててきたという自負もあることから、母性本能の片鱗が芽生えたことで、親の気持ちを量り知ることができないまでも、自分が親になった時のことを、何となくだが、想像することができたような気がした。
 あすなは、克幸に対してどのような気持ちだったのか、本人にもよく分からなかったようだ。
 親のように育ててきたという感情、そして年齢が同じになった時に感じる恋愛感情。そして思い出してしまった兄への感情。
 このゲームには、二つの要素があることから、そのシステムも複雑に作られているに違いない。それなのに、二つだけの感情以外にも兄に対しての思い入れまで生まれてきたのだから、あすなの感情はさらに複雑になってきた。
作品名:記憶 作家名:森本晃次