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記憶

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 思春期をどう過ごすかということはあすなにとって重要なことであるが、あまり深く考えすぎないことも大切だと思うようになった。綾香から教えてもらったこのアプリも、気分転換のつもりで始めたのだ。そのことを忘れないようにしないといけないと感じたあすなは、いよいよ中学に入学した克幸の凛々しい姿に見とれていた。
「こんな人が彼氏だったらいいわよね」
 そう思ったあすなは、自分が育てた息子だという意識が少しずつ薄れてきた。
 いよいよゲームも第二段階へとステップアップしてくる頃なのではないかと、ワクワクしてくる自分にあすなは、悪い気はしていなかった。
 ある日あすなが帰ってきてからアプリを開くと、克幸は学生服を着ていた。どうやら、中学に入学したようだ。
 ここまでくるとゲームも人間と一緒に成長するようだ。
 本当であれば発展という表現をすればいいのかも知れないが、育成ゲームという性質上、発展というよりも成長と言った方がいいのかも知れない。あすなもその方がしっくりくる気がしたので、これから起こるゲームでの発展を、あすなは「成長」と表現することにした。
 今まではゲームの登場人物の言葉は、ゲームの中に吹き出しが出て、声を文字で表現していた。まるでマンガを見ているような感じだったが、これは昔のゲームによくあるもので、登場人物がアニメ調だとその方がすんなりと受け入れることができた。
 主人公が中学生になって成長したというよりも、プレイヤーの年齢に近づいたという、ゲームとしては第二段階に入ったと言ってもいい状況になると、いよいよこのゲームの佳境が見えてきた気がしてきた。
 それまでアニメ調だった画面が今度は実写版に変わり、声も吹き出しではなく、ボイスで聞こえるようになった。今の時代のゲームと言ってもいいだろう。ただ、いきなり実写に変わってしまったことでプレイヤーの中には戸惑いを覚える人もいるだろう。思い入れを持って育ててきた相手がいきなり変わってしまうことに戸惑いを覚える。確かに実写になればリアルではあるが、プレイヤーは母性を持って臨んでいるので急に変わってしまうことをよしとしない人もいるだろう。そんな人のためにこのゲームでは、リアルバージョンでも、今までのアニメバージョンでもどちらでも楽しめるように選択方式になっていた。
 それは途中でも変えることができるので、画期的なゲームと言ってもいいだろう。あすなは戸惑ってはいたが、実写で現れた克幸を見て、一種懐かしさがあった。
――初めて会ったような気がしない――
 という思いがあったので、いきなり変わってしまったことでの戸惑いよりも懐かしさに酔っている感覚の方が強かった。
 そもそもこのゲームの第二弾というのは、主人公がプレイヤーの年齢に達した時から、年齢の進行が遅くなり、人間と同じスピードになることで、プレイヤーとの恋愛シミュレーションを展開するというのが「売り」なのだ。それまで抱いていた母性本能がどのように変わっていくのか、あすなには大いに興味があった。
――そもそも、母性本能が恋愛に変わるなんてあるのかしら?
 という思いと、
――私自身、まだ中学生で思春期の真っ只中にいるので、恋愛もしたことがない自分に、果たしてゲームを進行するだけの意識を持てるのだろうか?
 という思いがあった。
 母性本能にしても、子供を持ったことがないあすながどこまで母性本能があったというのか疑問でもあった。ただ、母乳が出たということも事実であり、精神的に母性本能を持っていたと解釈するしか説明のつかないことだってあったはずだ。それを思うと、あすなはここまでゲームを、いや、ゲームの本質を楽しむことができたのだと思って間違いないだろう。
 克幸は笑顔であすなを迎えてくれる。
「こんにちは、あすなさん」
 その声は声変わりしているはずなのに、透き通るような声はまだ少年のようで、ハスキーと言うには程遠い気がした。
 そんな声で、
「あすなさん」
 と言われてもドキッとはするが、どう答えていいのか分からないというのが本音だった。
 何しろ、今まで親として育てていた相手である。自分の子供だという意識しかなかった相手が、今まではアニメ調だったのに、いきなり実写版に変わった。それは逆に戸惑いを薄くするという意味では問題ないようなのだが、だからと言ってすぐに受け入れられるものではない。
 克幸の笑顔には癒しがあった。その顔を見ていると、
――おや?
 と感じることがあった。
「あなたの方から私が見えるの?」
 と聞くと、
「うん、見えるよ。あすなさんが僕を見つめてくれている視線を痛いほどに感じるんだ」
 まるで大人の恋愛小説の中に出てくるようなセリフを、この間まで赤ん坊だった相手に言われるなど思ってもみなかった。しかも、自分の子供として育ててきた相手である。不思議な気持ちになった。
――恋人としての克幸を手に入れたのかも知れないが、息子としてずっと育ててきた克幸はどこに行ってしまったのだろう?
 あすなはそんなことを思いながら、克幸を見つめていた。
 すると、あすなの考えていることが分かっているかのように、
「大丈夫だよ。僕は今あすなさんと恋愛を対象に考えているけど、このゲームではアニメ版に切り替えることもできるんだ。その時にはあすなさんをお母さんとして意識している僕がいるから、時々僕のお母さんになってくれればいいんだ。僕もその方が嬉しいし、もう一人の僕もきっとお母さんを待っていると思うよ」
 あすなはビックリして、
「あなたは私が何を考えているのか分かるの?」
「うん、分かるよ。だって、お母さんが僕をここまで育ててくれた。僕はお母さんしか知らないし、だからこそ、お母さんのことなら何でも分かるんだ」
「それはゲームとしてということ?」
「そう思ってもらってもいいとは思うけど、僕にはそう思われると少し寂しい気もしてくるんだ。これから僕たちが歩んでいく道を考えると、寂しい気持ちになりたくないという僕だっているんだよ」
 完全に言っていることは「大人」であった。
「ごめんなさい。私、どうかしているのかも知れないわ。せっかく克幸さんが私とのことを真剣に考えてくれているのに、私ったらプレイヤーのくせに余計なことばかり考えてしまって……」
「それは仕方のないことだと思うよ。それが人間というものであり、僕の憧れているものでもあるんだ」
「あなたは人間ではないの?」
「肉体があるわけではないので、少なくともそこだけでも人間ではないと言えるよね。でも精神的には人間そのものだって思っているけど、思考能力は人間に遠く及ばないものなんだよ」
「どういうことなの?」
「思考能力は、いわゆる『ロボット』と同じなのかも知れないわね。人型のロボット、いわゆる『アンドロイド』というところかな?」
「アンドロイドってよく聞くけど、人間の意志を持っているの?」
「そうだね、意志は人間と同じなのかも知れない。でも思考能力に大きな差があるので、どうしても人間に追いつくことができない。突然の判断力には欠けるし、善悪の考えはあっても、それをいかに自分で利用すればいいのかっていうのは分からない」
 と言って、少し寂しそうな顔をした。
作品名:記憶 作家名:森本晃次