記憶
実際には克之が自分の初恋の相手だったということだけで、ゲームの中の克幸にも初恋のイメージを持ってしまっていたが、本来であれば、
「自分のお腹を痛めて生んだ子供」
という設定だったはずだ。
それを思い出すことであすなは、ゲームへの意義を思い出し、そのおかげか、ゲームの中の過去を顧みることができるようになった気がした。
ゲーム内の過去、それは意識もせずに通り過ぎてしまった内容があったことであった。それがどんな内容だったのか、あすなは覚えているわけではなかったが、確かにその感覚はあった。
――でも、主人公である克幸にはその感覚はないのよね――
とあすなは感じたが、それはきっと克幸にはあすなが感じずにスルーしてしまったことも意識としては持っているからなのかも知れない。
克幸にとってあすなというゲームプレイヤーである「母親」はどんな母親なのだろうか?
ゲームプレイヤーであるあすなだけではなく、ゲームの主人公の克幸にも意識は存在しているような気がした。もちろん、あすながその気でなければ克幸に意識は存在しないのだろうが、ゲーム内の主人公に意識が存在するなどという考えは、あすな以外にも持つことのできるものなのだろうか。
克幸は、あすなの思っている通りに行動しているように思われた。ゲームもそれにともなって進行している。春奈という女の子の登場は想定外だったが、落ち着いてみると、ここでの登場は実にタイムリーであり、
――ひょっとして私が最初から思っていたことだったのかも知れない――
と感じるほどだった。
あすなも今まで意識していなかったことがあったことを思い出したのも、このゲームを始めてからのことだった。ゲームを始めたことで、あすなにはおかしな自覚も出てきたようだ。
――ひょっとして、お乳が出るんじゃないかしら?
女性というのは、子供ができると身体が母親になってきて、お乳が出るようになるというが、たまに、
――妊娠したかも知れない――
と感じることで、お乳が出てくる人もいるという。
いわゆる、
「想像妊娠」
と呼ばれるものだが、あすなが感じているのも、一種の想像妊娠に近いものがあるのではないだろうか。そうでなければ、胸がムズムズしたりしてくることもないはずで、もちろんお乳が出てくることもなかったが、ゲームをしていると、本当に出たのではないかと思えるほど、想像妊娠よりもリアルな感覚だったような気がした。
あすなにとって自分がゲームの中でどんな役割を演じているのか、分かってきたような気がした。
ゲームをやっている自分を客観的に見ているあすながいるのも感じていた。もう一人の自分がゲームをしている自分を見ていながら、自分と一緒にアプリ画面を覗き込んでいる自分も感じる。
そんな時、何かを囁いている自分を感じるのだが、何を言っているのか、よく分かっているわけではない。声を出しているつもりでいるのに、自分の耳に響いてこないので、本当に声を出しているのか不思議だった。
だからこそ、
「もう一人の自分」
なのであろう。
さすがにお乳が出てくるわけではなかった。
――お乳が出そう――
というのも実際に子供を産んだことがあるわけではないあすなに分かるはずもなく、
「想像妊娠にすらなっていない」
という状態で、そんな思いに至ったのだ。
あすなはそれを、
――自己暗示に掛けてしまったのかも知れない――
と感じた。
今までに自分が自己暗示に掛かったという意識はないが、
「自己暗示に掛かりそうなところには近づかないようにしなければいけない」
という自覚は持っていた。
ただ、あすなの祖母というのが霊感が強いらしく、以前おばあちゃんの家に行った時、
「おばあちゃんは、幽霊を見たことがあるんだよ」
と言っていた。
「ええ? 本当に幽霊なんているの?」
と聞くと、おばあちゃんは面白がって、
「そりゃあいるさ。おばあちゃんはこの目で見たんだからね」
と言って、さらに煽ってくる。
「あまりあすなを脅かさないでよ」
と、母に言われて、おばあちゃんの方も、
「それは悪かったね。あすなちゃんは、怖がりなんだ」
と言われたのが癪に障り、
「そんなことないもん」
と言ってふてくされたが、その表情がまさに怖がりであるということを表しているようで、やればやるほど余計なことになりそうに感じたので。それ以上、余計な態度を取ることはなかった。
おばあちゃんというのは母方の祖母に当たるので、母親も言いやすかったのだろう。母に睨まれているのが分かった祖母もそれ以上煽るようなことはしなかった。
その後で母からこそっと、
「おばあちゃんは霊感が強いだけで、幽霊なんて誰の目にも見えるものじゃないんだよ」
と言われたが、考えてみれば、あすなが怖がっているのは幽霊の存在であって、見える見えないではない。
母親にはこんなトンチンカンで慌て者なところがあるのが憎めないところだ。少なくとも思春期ではそんな母親に逆らうという気持ちはなかった。
「私は、おばあちゃんのような霊感があるわけではないので、あなたにもきっとないから安心しなさい」
とも言われた。
――だから、何を安心すればいいの?
と心の中で呟いたが、そんな天然な母親に何を言っても無駄であることはそのずっと前から分かっていた。
母親に霊感が備わっていないからと言って、孫に遺伝しないとは限らない。母親がそう思っているだけで、本当は霊感が強いのかも知れないし、霊感よりも感情の方が優先するので、霊感があっても、自分にはないという感覚があることで、霊感がないと勝手に思っているだけではないだろうか。
あすなにも実は霊感はないと自分で思うふしはあった。確かに怖がりではあるが、
「怖がりほど、霊感が強ければ、霊が乗り移ってくることが多いらしいよ」
と、ホラー好きの人が言っていたのを思い出した。
「本当にそうなの?」
とそれを聞いていた人は言ったが、その様子は明らかに怖がっていて、その子があすなのようにも感じられ、
――自分の代わりに聞いてくれたのかしら?
と思うと、彼女の言葉にはそれを認めたくないという気持ちが溢れていることに気付いた。
あすなは自分の気持ちを量り知ることができない時期だったので、自分に霊感があるかないかなど分かるはずもなかった。むしろ、考えたくないと思っていたほどだった。
――おばあちゃんは何を言いたかったんだろう?
ということを思い出していると、意識もせずにおばあちゃんのことを思い出している自分に気付いた。
――もう一人の自分から見れば、自己暗示に掛かっているように見えるんだろうな――
とあすなは感じた。
「自己暗示に掛かりやすい人は、一瞬でもそうだと思うとすぐに嵌ってしまうんだと思うわよ」
一度学校で貧血を起こし、保健室に運ばれた時、保健の先生に自分のことを相談したことがあったが、その時、自己暗示に対して先生が言った言葉だった。
先生は女性で、他の生徒の中には先生に相談している人もいたようだが、
――他の人がしているのなら――
と、自分からあまり関わることをしたくないと思っていた。