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記憶

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 あすなは思春期で思い出した記憶の中で、その子が自分と目が合ったのは分かっている。しかしどんな表情をしているのかまでは分かるわけではない。なぜならその顔は逆光になっていて、真っ暗闇の中に隠れているからだ。
 それでも顔を思い出すことができれば、彼がどんな表情をしているかということは想像くらいはできるだろう。しかし、表情はおろか、顔の雰囲気もまったく想像することができない。それを思うと、
――ひょっとしてのっぺらぼうなんじゃないかしら?
 と感じたのだ。
 あすなはもしこの人に顔があるとすれば、その表情は歯を見せながら不気味に笑っているのではないかと想像した。だが、どんなに影があっても、真っ白い歯が浮かんでいれば、少しくらい真っ白な部分が見えてくるはずだと思ったのだ。それがないということは、元々表情というものがなく、顔のパーツが存在しないのではないかと感じたのだ。
 そして、この人が見ているあすなにも顔がない「のっぺらぼう」に見えているのではないかと感じた。
――お互いに顔が存在しないから、見えてくる表情があるのかも知れない――
 と感じたが、そう思うと、今度は彼の顔が分かってきたような気がした。
 やはりその表情じゃ不気味な笑みを浮かべた表情であり、あすなにとっては一番想像したくない顔だったはずである。
 あすなはそんな男の子の顔と自分を想像しながら、
――よくこんな発想ができるものだ――
 とある意味感心していた。
 この男の子との思い出はまったくないはずなのに、彼がのっぺらぼうであるということや、彼から見て自分がのっぺらぼうに見えているということが分かった気がすると、
――デジャブというのは、記憶の奥に間違いなく封印されているものである――
 と思うようになった。
 もちろん、根拠などない。デジャブ自体もその理屈が分かっていないのに、その先の発想ができるわけもない。あすなはあくまでも自分の発想を架空のものとして考えることで、柔軟な発想を抱こうと考えていたのだ。
 あすながゲームをやっていて、その少年の存在を次第に思い出すようになると、
――ひょっとしてこのゲームは、プレイヤーの過去を掘り起こすだけの何かの力が存在しているのかも知れない――
 と感じた。
 確かに自分の年齢を最初に設定し、育成する子供が自分の年齢になるまで育てているのだから、自分の過去を顧みて、ゲーム設定に反映させない手はないだろう。
――ひょっとして、このゲームの隠れている主旨は、そのあたりにあるのかも知れないわね――
 と思うようになっていた。
 だが、相手は自分とは異性であることから、ゲームの主人公が自分の分身であるということはありえない。いくら思春期前で異性を意識しないとはいえ、人間には男と女の二種類が存在するという意識は普通に持っているつもりである。
 そういう意味で、あすなのように、相手を異性として意識するわけではなく、何となく気になる存在として異性がいたのであれば、それはいわゆる「初恋」の類ではないだろうか。
 あすなは自分が誰かを好きになったという意識はない。ただ気になる男の子がいたという意識だけだった。それも顔すらまともに思い出せず、何に対して意識していたのかということすら忘れてしまったような相手である。気になった理由をいまさら知りたいとは思わなかったが、奇しくも記憶から引き出してしまった彼のこと、好きだったのかは別にして、
――初恋だったのかも知れない――
 と思っていた。
 そもそも小学生の頃の異性を意識しない初恋とはどういうものなのか、友達の話しているのを聞いていると、初恋をしたことがないという女の子はいなかったような気がする。男の子は自分から口にする人は少なかったので分からないが、女の子が意識しているのなら男の子もしているはずだとあすなは思った。
 その理由としては、
「子供の頃の成長は、女の子の方が男の子よりも早い」
 というのを聞いたことがあったからだ。
 小学校の六年生くらいになると、女の子には初潮を迎える人も増えてくる。学校でもそのことについて、保健の先生から話をされていた。女の子は明らかな自分の身体に起きたそれまでにない「異変」がハッキリとしているために、思春期をより一層確実に感じるが、男の子に初潮などはなく、肉体的に女性ほど大きな変化が訪れることはない。
 精神的に背伸びしたくなる年齢であることは間違いないが、身体に明らかな変化が訪れない男の子には、どうしても女性が眩しく見えるものなのかも知れない。
 男の子は確かに明らかな身体の変化はないが、精神的なことと密接したことでの変化は訪れるようである。女の子が羞恥の念を表に出すのと変わりなく、男の子にも羞恥の念は存在している。
 しかし、男の子はその感情を隠そうとする。女の子が隠そうとしないのは、羞恥があることで男子の目を引きたいという意識と、逆に男子の嫌らしい視線を避けたいという意識の両方を持っているからではないかとあすなは思った。女の子には許されるが男子には許されることではない。そう思うと、気持ちを表に素直に出すことのできない男の子は、成長という意味で、かなりマイナスに働いているのではないかとも感じた。
 あすなはそんなことを考えながらゲームを続けていた。
 小学校三年生になった克幸は、その時の男の子のことを思い出させてくれたことで、
――もう少し思い出したいので、小学校三年生をもう少し続けたいな――
 と思うようになった。
 するとどうだろう。今までは結構早く小学校三年生になったかと思うと、三年生の時期が今度は長く感じられた。
「思ったことを感じてくれるゲームなんだ」
 とあすなは思った。
 数日間、小学校三年生でいてくれたおかげで、忘れていたことまで思い出すことができたのは嬉しかった。しかしあすなには一抹の不安もあった。
――実際には四年生になって彼のことを忘れてしまったように、ゲームでも四年生になれば、ゲーム中での三年生の時の記憶がなくなってしまうのではないだろうか?
 という思いだった。
 この思いは的中した、想像していた通り、克幸が四年生になると、あすなは克幸の三年生の頃を思い出せなくなっていた。それは一種の健忘症のような感じで、思い出せそうなのだが、思い出せないという何とも言えない気持ちになっていたのである。
 しかも、せっかく育ててきた三年生より前の記憶まで失ってしまっていた。あすなは失望し、
――せっかくここまで育てたのに――
 とmゲームを放棄してしまおうとも考えたが、
「このゲームは放置すれば死んでしまうから気を付けて」
 と言った綾香の言葉を思い出した。
 たとえゲームと言えども、死んでしまうというシチュエーションは穏やかではない。自分の本意とはかけ離れたものに感じられた。せっかくここまで育てたのだから、死んでしまうようなことはしたくないと思った。そう思い、翌日になってゲームを始め、克幸が元気でいるのを見ると安心したのと同時に、それまで忘れてしまっていた克幸の育児の記憶がよみがえっていたのだ。
――忘れていたなんてまるで夢のようだ――
 と感じたほどで、どうして忘れてしまっていたのか、その理由は、
作品名:記憶 作家名:森本晃次