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記憶

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 綾香はあすなに恐怖を感じているということを、最初の頃考えたこともなかった。よくよく考えてみると、あすなは結構綾香に対して意見を言ってくる女の子なのに、途中から曖昧になり、あすなの記憶が薄れているわけではなく、綾香の方であすなへの思いが一定していないことから、意識が曖昧になってきているのは自分だと思いたくなかったのだろう。
 だが、綾香があすなに対して怖いという感情を抱くことで、二人にとっての過去まで次第に曖昧になってきたのだった。
 ただ二人の気持ちがすれ違っているというわけではない。曖昧になっているのは、すれ違っているように見える自分たちを何とか正当化させようとする綾香なりの意識の表れだったのだ。
 あすなは、綾香にはアプリで遊ぶことを言わないで、試してみようと思った。
 楽しいと思えば正直に言えばいいのであって、もし楽しくなければ、遊んだことを隠しておけばいいだけのはずである。あすなは自分を隠すことが苦手だ。相手が何を考えているかなかなか分からないくせに、相手にはよく自分の考えを看破されることが多かった。
「あすなは正直者なのよ」
 と、昔から言われてきた。
 正直、そういわれて嫌な気はしなかった。
――そうなんだ。私は正直者なんだ――
 と思うことだけで自分を正当化できていた。
「正直者がバカを見る」
 という言葉があるが、まさにその通りだ。
「バカ」
 という言葉も実はあすなは嫌いではない。
 釣りバカだったり、野球バカだったり、バカという言葉がついても、悪いことではないことも多い。一生懸命にやっていることで、損をすることがある場合に「バカ」という言葉が使われるが、まさにバカを見るというのは、損をするという言葉に置き換えることもできるだろう。
 綾香が見て、あすなという女の子は、バカになることを嫌っているわけではない。むしろ正直者にしか見えてこない。だが、嫌われることが多いのは、バカだからではないように思えた。
 普通バカというだけでは人に何かの危害が加わることは少ないだろう。しかし、あすなの場合は、彼女が元で、人が被害を被るということがえてしてあったりした。もちろん本人にも意識はないし、意識させるだけの力もその出来事にはない。
 つまりは、あすなにとって別の世界で繰り広げられていることが、他人にはあすなからの被害に見えてしまうのだ。それこそ、あすなにとっては損な役回りだと言ってもいいだろう。
――これこそ、バーチャルとリアルの間の出来事なのかも知れない――
 綾香が進めてきたゲーム、それはあすなにとって綾香からの挑戦のように思えた。
――綾香は私のことをよく分かっていて、私をバーチャルの世界に引きづりこもうとしているのかも知れない――
 とも感じた。
 だが、綾香にはそんなつもりはなかった。実際にあすなのことを怖いと思っているのだから、挑戦など恐ろしくてできるはずもない。
――一体、綾香は何を考えているのだろう?
 とあすなが思えば思うほど、綾香にとって、あすなの視線は怖いものになってしまう。
 お互いに怖さと疑念を感じていると、そこに曖昧さが入り込んでくる。どちらが招いた曖昧さなのか分からないが、
「どちらも曖昧さというものをお互いに感じている」
 ということを分かっているし、
「どちらも先に自分が曖昧さを感じている」
 と思っていた。
 まるで曖昧さを感じた方が勝ちでもあるかのような感覚に、酔っていると言ってもいいかも知れない。
 あすなは綾香に教えてもらった育成アプリをやってみようと思い、ダウンロードしてみた。それほど難しいものではないようだ。幾種類もある育成ゲームの中の一つというだけであまりゲームをすることのないあすなにも、何とかできそうな気がしたのだった。
 そのアプリのダウンロードは難しいものではなかったが、いろいろ面倒くさそうな説明書きが書かれていた。気になって綾香に聞いてみたが、
「そんなのは気にしなくてもいいのよ。どこのサイトのゲームだって似たようなものだからね」
 と言っていた。
 あすなは確かにあまりゲームをダウンロードなどしたことはないので、彼女のいうように、
――こんなものか――
 と思ったが、他のアプリはダウンロードした時、これほどいろいろな説明はなかったような気がした。
 少し気にはなったが、綾香がそういうのであれば問題ないと思い、ダウンロードを続けた。
 遊び方は他の育成ソフトとさほど変わりないようだ。ただそのソフトの育てる対象はバーチャルな人間であり、赤ん坊の時から育てていくようだった。
 説明を読んでみると、どうやらこれは、
「友達育成ソフト」
 と呼ばれているもののようであり、赤ん坊の時から育てて、自分の年齢に達した頃から、プレイヤーと同じ年齢で推移するようになっているという。
――だから、年齢の入力があったんだ――
 ソフトをダウンロードしていくつかの設定がある中で、プレイヤーの名前(仮称)はもちろんのこと、性別、生年月日まで入力するようになっていた。
 ここまでは必須であり、後の項目は任意だという。プレイヤーの職業や趣味など、きっとこれから育てる相手が、その入力情報に左右されながら成長していくという設定になっているのだろう。
 そういう意味では最初の設定も大切であり、自分の年齢に達するまでも大切だと言えるのではないだろうか。ただ、この設定も別に真実を書く必要はない。すべて架空、つまりウソであっても問題があるわけではない。しょせんはゲームの世界で繰り広げられる狭い範囲の出来事なのだ。
 あすなは、それでも正直に書いていった。年齢も正直に書き、職業は中学生ということで虚偽のない登録だ。
 趣味はどうしようか迷った。別に何か趣味があるわけでもなく、何かに嵌っているわけでもない。しいて言えば最近は小説を読むのが好きなので、本当は読書とでも書けばいいのだろうが、それではせっかくのゲーム、面白くもないと思い、ここだけは少し誇張して書いた。
「私の趣味は、小説執筆にしておこう」
 と思った。
 作文は嫌いではなく、小学生の頃から作文では結構いい点をもらっていた。先生から褒められたこともあったが、どこがいいのか自分では分かっていなかった。先生も
「なかなかいい文章だ」
 というだけで、詳しくは言ってくれない。
 小説を書いてみたいと思ったことは今までに何度かあった。ただ、ジャンルが定まらない。
 一番書いてみたいと思った小説は恋愛小説だった。思春期の女の子らしい発想であるが、
――恋愛経験もないのに、書けるわけないわよね――
 と、すぐに思った。
 恋愛はおろか、男子と友達になったこともなければ、挨拶以外の話もほとんどしたことがない。自分から避けているわけでもない。自分のまわりに男の子がいないだけのことだった。
 中学生のあすなには、自分から近づいていかなければいけないのかどうか、その判断が分からなかった。好きな男の子というのも今までにいたことはない。
「少し気になる」
 という程度で、それも少しすれば、
――気のせいだったのかしら?
 と思ってしまうほど、明らかに冷めてしまうのだった。
 冷めてしまう自分を感じ、
作品名:記憶 作家名:森本晃次