小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集76(過去作品)

INDEX|20ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

「ここに来られる方々は、結構他の人にない能力を持っている方が多いようですね。でも皆が能力に卓越しているだけで、皆同じような能力を持っていると思われます。要するに何かに秀でているわけですね」
「人の過去や考えていることが分かったりする過去というのは、何か精神的に病んでいる人に多く見られるということですか?」
 いくら予想していたこととはいえ、医者を目の前にしているのだ。少し不安になってくる。
「一概にそうだとは言えませんが、ここに来られる患者さんに多かったのは事実ですね。もちろん悲観することはありません。自覚がないまま、病んだ神経を持ち続けている人はとても多いです」
 それはどういうことだ? 自覚があるだけ救いだと言わんばかりで、決して素直に納得できるものではない。
「そんな簡単に言われましても」
「ああ、これは失礼。いやいや自覚があれば、あまり心配はいりませんよ。特にあなたの場合は具体的な原因も分かっているし、その原因さえ取り除いてあげれば、今の不安感から抜けることができるでしょう。まあ、確かに人を殺す夢というのは尋常ではありません。あなたが予知夢では? と不安に思うのも仕方のないことですね」
 医師は竹田を安心させようと心掛けているのか、かなり余裕を持っているようだ。却って余裕がイライラに繋がる時もあれば頼もしく感じる時もある。今日の竹田にとっては、少し苛ついている状態かも知れない。
 だが、目を見ていると、そんな竹田の気持ちも掌握されているように思う。吸い込まれそうな瞳の奥に写った竹田の顔は、やはり怯えに震えているようだ。
――医者も自分の心の奥を探ろうとしているんだ――
 手に取るように分かる。だが、それは先ほどの女性と違い、あくまで他人事のような気がして却って気が楽だ。
「どうやら、あなたは忘れようとしても忘れることができない性格のようですね」
 瞳の奥に何らかの結論が出たのか、医者がおもむろに呟いた。しかしその内容は竹田が意識しているのとは少しだけ違っていた。
「そんなことはないと思いますが……」
「あなたは、ある時期を境に、そんな性格になったんだと思います。自分では忘れっぽい性格だと思っているから自覚がないんでしょうね」
 それは言えなくはないかも知れない。確かに人を殺す夢を見始めてから急に記憶力が悪くなったのを感じていたが、
――覚えていようとしても、覚えられない――
 と思うからだ。その逆が存在しても不思議ではない。
 医者は続ける。
「あなたの性格は一途なところがありますね。一つのことに集中するとまわりが見えなくなったり、たくさんの人を相手にするのも苦手でしょう? そのために孤独が多くなったりする」
「一人でいることが多いですね。そのたびにいろいろなことを考えたりするんですが、結局また同じところに考えが戻ってきたりするんですよ」
「そうでしょうね、何となく分かる気がします。考えが袋小路から抜けられないのも、一人でいることが多いからでしょう。でも、それが悪いことだとは言いません。あなたの場合は、それでも何か結論を追い求めておられるので、それはそれでいいことだと思いますよ」
「そうでしょうか? どうしても不安ばかりが残るのですが……」
 どうにも医者の楽観的な話を聞いていると、安心感が出てはくるが、不安感を拭い去ることはできない。
「ここではあなたの心の底に封印しているものを曝け出すことで、それを根本的な原因として解消させてあげることが治療法だと思っています。まずは患者さんの心の扉をほぐしてあげることが大切なのですよ。ですが、患者さんにとってはそれが億劫に感じたり、じれったく感じたりするようですね。とにかくリラックスして私の話を聞いてくれればいいのですが……」
 竹田にも理屈は分かっているつもりである。
「それは分かります」
「ここに来られる方々は皆さん話を理解できる方々ばかりなんです。下手な自尊心などない人が多いですからね」
「私は自尊心が人一倍強いと思っていますよ」
「でもあなたにはその自覚がある。私の言うのは、その自覚すらない方のことですよ」
 竹田にとって自覚という言葉、よく頭の中で考えてみる。それを考えることが、自覚に繋がるのだ。
 この病院を訪れたことが何か自分の運命を左右するような気がして仕方がない。今までにこんなことは初めてではないが、兆候を感じた時、不思議と確信のようなものがあったりする。
――予知夢というのを見たことがあるに違いない――
 デジャブーだと思ったことが今まで何度かあった。どこかで見たような景色、風景、どちらも瞼に焼きついていたものだ。だが、どこで見たのか考えれば考えるほど思い出せるものではない。
 楽しい夢、怖かった夢、そのどちらにもデジャブーは存在するが、怖かった夢と、楽しかった夢が表裏で重なっているように思えてならない。
 長所と短所は紙一重だということをよく耳にする。それと似たようなものではないだろうか。
 竹田も自分の短所は長所のすぐ裏側に潜んでいるように思っている。それだけに短所を治そうとするよりも長所を伸ばすことで、短所を補おうとする。長所が伸びれば短所を補って余りあると思うようになったのは、就職してからだろう。それまでに感じていた漠然とした不安感、それは、これから出て行く社会というものに本当の意味で触れることができないことへの不安である。実際に触れていないのだから、誰でもその大きさは計り知れないだろう。だが竹田のようにすぐに思いこんでしまうタイプの男は、自分が見えないだけに、壁の向こうにも勝手に世界を作ってしまうのだ。
 裏の宇宙というのを聞いたことがある。
 表の世界は、自分で光ることができない星でも恒星の力を借りて光ることができる。月にしても空に浮かんだ無数の星にしてもそうなのだ。
 だが裏の宇宙というのはどうだろう。光るものが何もなく、まわりがまったく見えない宇宙、そばに何があっても分からない。じっとしていれば危険はないのだろうが、ちょっとでも動けばそこに何があるか分からない世界。想像を絶するものである。
 夢でそんな世界を感じたような気がする。果てしなく続く暗黒の世界、言葉では簡単に表現できるが、想像しろといわれて簡単にできるものではないはずだ。
「表に待っておられる方がいますね」
 竹田が下げていた顔をおもむろに上げたかと思うと、口から思わず出た言葉が表の女性のことだった。
「彼女にお会いになられましたか?」
「ええ、お話しはしておりませんが、何となく気になりましてね」
 一瞬、「しまった」と感じたが、出てしまった言葉を引っ込めるなどできるはずもなく、話を続けた。
「そうですか、彼女もあなたと同じような瞳をしているんですよ」
「それはどういうことですか?」
「私は医者なので、そんなことはないのですが、きっと二人ともじっと顔を見つめていると吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥ってしまうかも知れないんですよ」
「私は彼女にそこまでは感じませんでしたけど?」
「だからきっと同じようなものを感じているんでしょうね。二人にしか分からない世界のようなものがあるように思います」
作品名:短編集76(過去作品) 作家名:森本晃次