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短編集76(過去作品)

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 だが、それが特殊な能力だとは認めたくなかった。それは特殊な能力とは何か気持ちの中に欠陥があってこそ存在するものだという変な感情があったからで、それでなければ生まれつきのものだと思っていたからである。
 大学もそろそろ卒業という時期に自覚した特殊能力、一人だけなら偶然ということもあるが、同じ感覚でそれからも何人かの瞳の奥が見えたのだ。
 相手の過去、それはストーリーのように浮かんでくるようになっていた。
 大学を卒業し、会社に入ると相手が完全に真剣な眼差しを向けてくるからだ。
 真剣な瞳でこちらをみるということは、却って相手の心の中が見えやすいようになるようで、隙のようなものが見えて来るからだと思っている。
 今目の前にいる女性の過去も自然と見えてくる。
 彼女は以前にストーカーのようなものにあって苦しんだ時期があるようだ。顔立ちも一見派手そうに見えるが、竹田からはどうみても大人しい女性にしか見えない。それは何となく影を感じるからで、その影が彼女の過去にあるのは明白であった。
 それだけにすぐに彼女の過去を見つめたいと思うのも無理のないことで、自然と相手の瞳の奥を覗いていた。
 今までに人の瞼の奥は簡単に見えたが、彼女の心の奥を覗くのには少し苦労がいるようだった。
 殻に閉じこもっているのは間違いなく、最初はなかなか見えなかったが、彼女にも竹田が覗き込んでいるのが分かったのだろう。すると急にバリケードがとけ、見えるようになった。相手も見てほしいと思ったからに違いない。
 真剣な眼差しには変わりなかったが、彼女は竹田を信用したのか、バリケードはそれ以降存在しない。
 それだけにストーカーにあっていた怖さの度合いを思い知ることもでき、彼女がストーカーが誰であるか知らなかったことがさらなる不安を掻き立てたようだ。
 竹田もすっかり彼女の瞳の臆にある過去の世界に魅了されていた。
――まさかストーカーに興味があるなんて――
 不思議な感覚だった。
 彼女を見つめる竹田の目、それはどんな目をしているのだろう?
 彼女は竹田を信用して心の中を見せてくれたのだが、竹田が探れば探るほど、彼女の中に怯えが走る。
「あああ」
 彼女の口が少しだらしなく開いた。言葉になっていないが、きっとそう叫んでいるように思えてならないのは考えすぎだろうか?
 相手にもきっと竹田の瞳の奥が見えているように思う。ひょっとして心の奥を覗かれているのではないかと、そんな気がしてならない。
 彼女の身体が震えているようだ。彼女の瞳は竹田の瞳を捕らえて離さない。その奥にあるもの、それは竹田の過去の思いであろう。
 竹田としては、それほど壮絶な過去が自分に存在するとは思えない。確かに感情としてはいろいろあったに違いないが、それが出来事からだという感覚はない。
 彼女の瞳の奥に感じた感情、それは怯えが引き起こすものからすべて形成されているような気がしてくるのだ。
 ストーカーがどれほど恐ろしいものか、竹田にはピンと来ない。しかし、何気に感じる気持ち悪さは想像力を駆り立て、漠然としているからこそ恐ろしさの度合いが分からない。
 テレビや雑誌で見るストーカー被害で、どれだけ精神的におかしくなってしまう女性がいるか、想像もつかないだろう。さぞかし、精神的な怯えは先が見えないだけに身体への影響があるに違いない。
 それにしても彼女の怯えはどこから来るものなのだろう?
 ストーキングをする男すべてに怯えを感じているものなのか、それとも竹田の顔を見て何か感じるところがあるのか、そこまでは分からない。
 しかしよく見ていると彼女は竹田を見据えた視線を逸らそうとはしない。ヘビに睨まれたカエルのように、かなしばりにあって視線を逸らすことができないのか、一度向けた視線を逸らすのが怖いのか、どちらにしても意識は竹田の目に向いている。
「あの……」
 出かかった言葉を飲み込もうとしたが、途中まで出てしまった。これほどバツの悪いことはないが、その瞬間彼女に掛かったかなしばりが解けたかのように、その表情が安心した顔になったのはなぜだろう。
「はい?」
「一度どこかでお会いしたことありましたっけ?」
「あなたもそんな風に感じるんですか? 私もなんですが、きっと気のせいだと思います」
 彼女はそう言いながら一生懸命に頷いている。自分に言い聞かせているように思えるその表情に、竹田は信憑性のようなものを感じていた。
 もう彼女は竹田と視線を合わせようとはしない。自分の中で勝手に納得して、視線を逸らしても大丈夫になったのだろう。震えもいつの間にかなくなっていて、怯えも消え去ってしまったかのようだ。
「竹田さん、どうぞ」
 彼女への関心が薄れてきたのか、それとも却って深まったのか、無視されると気にしないようにしても気になるもののようだ。そんな時に扉の向こうから看護婦が竹田の名前を呼ぶ。
 これこそ渡りに船なのか、
「はい」
 と言って、診察室へと入っていく竹田は横目で彼女を見ていたが、彼女の方の竹田への関心はまったくなくなってしまったかのようで、振り向こうともしない。
 診察室はまるでどこかの応接室のようだった。先生が白衣を着ているというだけで、病気を治しに来たというよりもカウンセリングを受けに来たと言った方が正解だろう。
「どうなされたんですか?」
「夢を見るんです。それも恐ろしい夢をですね。今まで自覚症状などまったくなかったので気にもしなかったのですが、気になり始めるとどうしようもなくなるのが私の性格らしくって、やっとの思いでここまで来ました」
 竹田の顔には笑みが浮かんでいる。引きつったような笑顔にも感じるし、無理をしているようにも感じる。
「リラックスなさって結構ですよ」
 と医者が言うとおり、きっと竹田にとっては究極の緊張感がならしめる笑顔なのではないだろうか。
 竹田は自分の見る夢について語り始めた。
「深層心理関係の本を読んでいて出てきたんですが、予知夢というのがあるじゃないですか。もし自分が誰かを殺したいと潜在意識で感じていてそれを夢で見ているとするなら、少し怖いですよね」
「予知夢というのは、その人にそれが予知だという意識があるそうです。あなたはどうですか?」
「そこまではないですね。本を読んでいて『ひょっとして……』と感じるくらいでしょうか」
「そうですか、それだと予知夢というのは考えすぎかも知れませんね。過去に何かのトラウマを感じていて、それが影響しているとも考えられますね」
「そうですね。それも考えたことがありますが、私には覚えがないんですよ」
「夢というのは潜在意識が見せるものだと言います。心の中にないものが見えてくるということはないですからね。予知夢にしても、心のどこかに兆候を感じているからこそ見るもので、予知夢を見てしまえば、『きっと起こることなんだ』という自覚が現われるものなんです」
 それを聞きながら何とか話を消化しようとしている竹田だったが、考えながら自分が人の過去が分かるような気がするという能力を持っていることを話してみた。
作品名:短編集76(過去作品) 作家名:森本晃次