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短編集76(過去作品)

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 目を開けると、真っ暗だった視界も次第にハッキリとしてきて、近くに人の気配を感じた。しかしまわりを見渡すが明らかに人などいない。隠れるところもないほど開発されていないところなので、人がいれば一目瞭然である。まったく人など見えないのだ。
 だが、影のようなものを感じる。足元にまるでその人の影が伸びてきているようで、それほど身近に感じるのだ。
「洋三」
 傘に打ちつける激しい雨の音にかき消されてしまうが、ハッキリと自分を呼ぶ声が聞こえていた。
 父親の呼ぶ声そのままで、その声に引き寄せられるように歩いた気がする。声は一度だけだったが、耳の奥に残っていて、まさしく父親の声だった。
 もう一度白い閃光を感じ、遠くから雷の音が響く。それでも声だけは耳に残っていたのだ。
 気がつくと家の近くまで来ていて、いつのまにこんなところまで来ていたのか自分でも不思議だった。それまでに雨はだいぶ小降りになっているようで、明るさがかなり戻ってきていた。
――さっきのは何だったのだろう?
 幻というには、鮮明に残っている。
 父親が寝込んだのはそれからすぐのことだった。最初は生命の危険まで医者から指摘されて集中治療室でしばらく意識不明状態が続いたからだ。さすがに母も精神的に参っていたようで、父が目が覚めて本当に喜んでいたが、その顔には疲れがにじんでいるようだ。
 洋三はどうかというと、あまりピンと来ていなかった。元々、父親と話す方ではなかったが、思い出すのは、雨の日に見た父の姿をした幻だった。もちろん、平静でいられたわけでもなく、そう装っていても精神的にはきつかっただろう。それが却って他人事のように感じられたとしても仕方のないことだ。
 目が覚めた父を見て安心した表情になっていたかどうか、洋三自身分からない。それからの回復力は医者も舌を巻くほどで、それだけ父の精神力は肉体をも凌ぐものだったのかも知れない。
「それにしても、あの雨の日は一体なんだったんだろう?」
 心の中に訴えるが、答えが出てくるわけもない。予知能力があるわけではないだろうが、虫の知らせのようなもの? 迷信を信じない方だが、さすがにこの時は気持ち悪かった。
 幻で見た父は、初めて見る顔のように思えた。それはすぐに顔を思い出せなかったからに違いないと思っていたが、果たしてそうだろうか。いつも見ている顔なのだが、中学に入ってからの洋三は、あまり両親と顔を合わそうとしなかった。反抗期のようなものだったと今でこそ思っているが、あまりいい記憶ではない。大人でもないくせに、背伸びしようとすると、親の存在が疎ましく思えるようになるからである。
 親もそんな子供にどう接していいのか分からなかったことようだ。最初の頃こそ、いろいろと気を遣いながら話しかけてくれていたが、そのうちに話しかけてもくれなくなる。きっと自分たちではどうすることもできないと悟ったのだろう。
 理不尽な考え方を嫌う性格が本当に形成されたのは、この時期だったように思う。身体の成長とともに、不安定になる精神状態、身体に精神がついていけないのだが、だからといって、そのままでいいわけもない。
――いつも見ているつもりの人を幻で見ると、まるで初めて出会ったような気がするんだ――
 そんな感覚を始めて感じたのが、その時だった。それから逆に初めて見る顔でも、前から知っていたように感じることがあった。それは女性に感じることが多い。女性を女性として気にし始めた頃から感じていることである。自分のタイプの女性であればその傾向は強く、それだけ相手のことが気になるからに他ならない。
 初めて好きになった人もそうだった。高校時代に友達から紹介してもらった女性は初対面であるにも関わらず、以前から知っていたような雰囲気があった。それだけ違和感なく話ができたからだと思うのだが、
「前からお知り合いだったような気がするの」
 とその人に言われた時に見た女性の顔が、今でも忘れられない。モジモジとして恥じらいのようなものを感じるが、それでいて言葉に重々しさがある。洋三の目は彼女の瞳に釘付けになった。吸い寄せられそうな瞳を感じたからだ。
 真剣なその瞳は一体誰を見つめているのだろう?
 横から見ていれば明らかにお互い見つめあっているように見えるが、洋三自身が見つめられていて、その瞳が自分を見つめているような気がなぜかしてこないのだ。
――なぜそんな気持ちになるんだろう?
 と思わず首をかしげて口を尖らせてみるが、彼女の視線は相変わらずである。
「ああ、分かった」
 心の中で叫んで彼女を見つめていると、一瞬目の前の彼女がひるんだように見えた。明らかに洋三の表情の変化に反応したのだ。
 彼女の瞳が自分以外を見つめているのではないかと感じた理由は、瞳に映っているはずの自分の姿が見えないからだ。正面を見ているのだから相手の目を見るということは、そこに映っているはずの自分の姿も無意識にだろうが確認しているはずである。それが確認できないということは……。
 無意識だからこそ、何かおかしいと思いながら、その理由がハッキリとしてくるまで時間が掛かるようだ。しかし間違いなく瞳に自分の姿がないことが分かってくると、自分を見つめているつもりに見えても、瞳が捉えているものは、洋三のずっと先に見えている虚空にしか思えない。
――虚空? そこに何があるというのだ――
 洋三の瞳が何を見つめているか自分でも分からない。それだけに相手にも分からない。だが、それも一瞬だったのだろう。お互いに我に返るかのように相手を見て微笑んだのだ。ほとんど同じタイミングで……。少なくとも洋三には、ただの偶然には思えなかった。
 自分には今まで、好機を逃がしてきたという意識がない。何も考えなくとも、思いつきでしたことがすべてうまくいっていたのだ。学生時代はまさしくそうだった。決して目立つようなすごいことはなかったが、無難にこなせていた。自分にとっての分岐点があったかどうかすら意識がない。
 性格的にはすぐに考え込んでしまう方で、考え込んでしまうと自分が分からなくなる方だということに気付いたのは、つい最近のことだった。
 何かきっかけがあったというわけではない。仕事をしていてまわりとの協調性の大切さを感じたからだろうか?
 いや、そうでもなさそうだ。
 大学時代に友達とよく将来のことについて話をしていたが、その頃は本当に自分の考えに自信を持っていた。
――類は友を呼ぶ――
 のたとえではないが、同じような考えの人が集まるもので、話をし始めるといつも夜遅くまで話していて、気がついたら眠っていたというくらいである。
 さらに最近気付いたことは、洋三が怖がりであるということだ。それまでは怖いもの知らずで、理不尽なことをいう人間にズバズバ文句をいうタイプの人間だったが、社会に出るとそれもままならないことに気付き始めた。社会人になってかなり経つにも関わらず、新入社員だった頃がまるで昨日のよう。実際に学生時代の一年に比べると今の一年はあっという間だ。
――社会の中の一つの歯車――
 これが自分の位置だと感じると、
「こんなことをしたいがために学生時代があったんだろうか」
作品名:短編集76(過去作品) 作家名:森本晃次