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短編集76(過去作品)

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 と、呑み会などでいつも言われていた。男同士で呑みに行くことはあまりなく、女性が必ず一人は入っている。逆に付き合っている女性と呑みに行くことはなく、それなら一人で行く方がいいと思っているくらいだ。
 別に呑めないから一緒に行きたくないというわけではない。付き合いでなければ、酒は一人で呑みたいと思っている。自分のペースで飲めるからで、やはり呑めないことが少なからずの要因になっている。
 なるべくなら家の近くがいい。少々きつくなっても近くだと思えば気が楽だからだ。
 家の近くの赤提灯、いかにも呑んべぇが集まりそうな、「酔いどれ」という名前、さすがに初めて入る時は緊張した。
 会社の帰りに何度薄く開いた扉の隙間から中を覗き込もうとしたことだろう。その様子に気付かれたらどうしようと思いながらも覗いている時が懐かしい。中から時々聞こえる楽しそうな声、そんな雰囲気の中には入り込みにくい。
 あれはまだ帰りが早かった頃だった。夏の時期ならまだ夕日が差し込んで眩しいくらいの時間帯、赤提灯はついているが、それほど目立たない。しかし、洋三の目には黄色かかったまわりに浮き立つような真っ赤な色は、鮮明に見えていた。
「今日こそは入ってみよう」
 一旦考えが纏まれば、それまで思いとどまっていたのがウソのように、足取り軽やかに暖簾を潜ることができた。しかも中は客が誰もおらず、カウンターの一番奥の席に着くことができたのだ。
 その時から洋三の指定席は決まってしまった。最初からそこにしか目が行っておらず、元々隅に座るのが好きな方である。それは学生時代から変わっておらず、両端から人に挟めれるのが嫌なのだ。
 中に入ると表では感じることのできなかった煙たさが襲ってくる。炭火焼の墨を炊いているようで、まだ表は明るいというのに、気分はスッカリとくつろいでいた。
 女将さんが一人で仕込みをしていた。もう一人いるらしいのだが、まだ時間が早いのか来ていない。
「六時から開けているんだけど、実際に多くなるのは九時過ぎかしらね」
 と女将さんが言うとおり、最初は一人でゆっくり呑むことができた。
 ビールを先に注文してから、名物だという地鳥の照り焼き、それと焼き鳥を適当に焼いてもらった。表を歩いていていつもそそられる食欲の元を間近で感じているのだ。ジッと焼けるのを見ていると、呑めないくせに喉元を通り抜ける時の潤いを感じていたいのか、自然にジョッキーを口元へと誘う。
「おいしい」
 思わず微笑んで女将さんを見るが、女将さんも満足げに疼いている。
「そう言っていただけるとうれしいです。その顔がいつも見たくて、毎日ここでがんばっているんですよ」
 それだけの会話で、すでに馴染んでしまったような気がした洋三だった。女将さんも同じ気持ちだったかも知れない。
「時々、こちらの中を覗いていたんですよ」
 と言うと、
「そうなんですか、入ってらっしゃればいいのに」
 と言われるが、
「いやいや、人が大勢のところは苦手でしてね」
「うちは郊外の店ですから、常連の方も用事を済ませてから来られるのでしょう。十時過ぎくらいから多くなってきますね」
「では、それまでの常連になりましょう」
「ありがとうございます。人の少ない時間は私どもも、寂しゅうございますのよ。それだけに常連になっていただけると嬉しいですね」
「今日初めて来たような気がしないですね。きっと最初から想像していたような店だからでしょうね」
 それからしばらくは毎日のように通ったものだった。確かに女将さんの言うように、早い時間の客はほとんどおらず、洋三にとっては願ったり叶ったりであった。
 そのおかげでサービスも上々、客一人に対し、店の人二人である。仕込みに忙しそうにしているが、話相手にはちょうどいいようで、いろいろな話が聞けたのだ。特に女将さんよりもう一人の店員の瑞穂さんが、よく相手をしてくれた。女将さんよりもかなり歳が若く、割烹着の女将さんに比べ、洋服にジーンズといった出で立ちの瑞穂はその上からエプロンをしていて、快活なイメージを与えてくれる。
 話をしていてもそのイメージそのままで、少し高めの声がいつも耳に響いていた。最初の頃は世間話が多かっただろうか。洋三の仕事のことや、この店の他の常連の話など、そのうちに、瑞穂も安心したのか、少しずつ自分の話をしてくれるようになっていた。
 瑞穂はまだ二十歳代の前半である。見た目もう少し歳を取っているように見えるのは、店の雰囲気が少し暗めのためと、思ったよりも落ち着いて見えるからだろう。積極的に話してくれるわりには、どこか奥歯に何かが挟まったような話し方に聞こえるのは最初からだった。それが落ち着いてみせる要因になったのかも知れない。
「あまり自覚ないんだけど、最近お友達で不幸な方が多いですのよ」
「例えばどんなだい?」
「私も実は離婚経験者なんですけど、まわりには結構離婚経験者が多くて、それも、皆結婚してすぐなんですよ。私はまだ結婚生活が二年とちょっと続いたから、長い方なんですよ」
 二年とちょっとで長いという。洋三の、いや、きっと皆の感覚から言っても、二年といえばまだ新婚気分ではないだろうか。お互いに本当の性格が分かり始めて、やっと結婚生活に身体が馴染み始める頃、そんな時期のはずである。洋三は結婚しようと思い、寸前まで行ったがまだ結婚経験はない。それだけにすぐに別れてしまう気持ちが分からないのだ。すぐに別れるくらいなら、付き合っている間に分かりそうなものである。
「皆すぐに結婚しちゃたんだろうか?」
「そうね、結構知り合ってから結婚するまで早い人が多いわね。中にはできちゃった結婚の人もいるけど、皆付き合い始めて一年もしないうちに結婚してしまうわ」
 若い時、男も女も結婚願望が激しい時がある。そんな時期は人恋しくてたまらない時期とはまた違うのだろうが、特に女性はまわりからの結婚という話に敏感になり、自分だけが取り残されていく気持ちになるのではないかと思っている。
 洋三にもそんな時期があった。美穂と別れてからしばらくは、結婚などということを考えたこともなかったが、それでも結婚したいと思うようになったのは、寂しさがこみ上げてきたからと、やはりまわりがどんどん結婚していくからである。
 それにしても、さすがに一度美穂と結婚寸前で別れているので、結婚に関してはかなり慎重になっている。美穂と別れてからはさすがに同時に複数の女性と付き合うような無謀なことはしていない。罪悪感もあるからだ。
 罪悪感がそのまま美穂への思いとなっていたのかも知れない。結婚に踏み切れなかったのは、そんな思いが強かったからで、美穂と結婚しての自分の生活設計が見えてこなくなったのだ。
「結婚って一体何なんでしょうね?」
 少し気心が知れてきて、瑞穂に聞いたことがある。
「そうね、最初はすべてが共同作業だから、それが嬉しい時期があるのね。お互いにお互いのことをすべて知りたいと思うことからお付き合いが始まって、相手が分かってくるとずっと一緒にいたいと思う。その気持ちが結婚へと結びつくんでしょうけど、それが果たして共同作業に結びつくかどうか。それが違えば、小さな溝ができてしまうんでしょう」
作品名:短編集76(過去作品) 作家名:森本晃次