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作家の堂々巡り

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――やはり、どこかが山田大輔とは違う――
 と感じた。
 それは逆に山田大輔の作品からの脱却にも感じられる。山田大輔本人が、
「自分の作風を今までとは違うものにしようとして書くとすれば、きっとこんな作品になるに違いない」
 という思いである。
――この新田という人は、どういう人なんだろう?
 と感じ、自分の作品を読み耽っている新田の顔を凝視した。
 まさに穴が開くほどという表現がピッタリだと思うくらいだ。
 それまではまったくまわりに何が起ころうとも意識していなかった新田が、今の敦子の視線にはさすがに気付いたのか、顔を上げた。だが、何かを言うわけではなく、落ち着いて敦子に微笑みかけた。そこには余裕が感じられ、敦子にはその余裕が憎らしくもあるほどであった。
 だが、今度は敦子を気にしてか、すぐに目を原稿に落とすようなことはなかった。
「敦子さんの小説を見ていると、自分が小説を書き始めた頃を思い出します」
 と新田は言って、どこか涙目になっているのを見て、敦子はビックリした。
――この人、こんな表情にもなれるんだ――
 いつも冷静さだけが表に出ていて、下手をすれば、冷淡な人間だと思われがちな雰囲気だったのに、この人間らしい一面に意外性を感じた自分に、敦子はホッとした気持ちになっていた。
「新田さんの小説も、初めて読んだような気がしないんです。よく読む小説家の書き方に酷似しているような気がするんですが、でもどこかが違う。敢えて違いを表に出そうという意識が感じられるんです。あけど、そこにはその人になり切るという感覚は皆無な気がするんです。どう表現していいのか困るところなんですが、このお話を読んでいると、不思議な感覚に陥ってしまうんですよ」
 と敦子は言った。
「そうですか、きっと敦子さんならそういう感想を持ってくれると思っていました。だから敦子さんに僕の作品を読んでもらいたいと思ったんだし、僕も敦子さんの作品を読みたいと思っていました」
「二人の出会いは偶然ではなく、何か出会うべくして出会ったというような感覚ですね。私もそんな気がしてきています」
 言葉だけを聞けば、何か恋愛の告白のように感じるが、敦子にはそんなつもりはなかった。実はその思いは新田にも同じだったようで、この敦子の言葉に対しての新田の返事はなかった。黙々と読んでいる中での小休止のような時間が若干あったかと思ったが、新田の方は、ある程度読んだ小説に対して、もう自分の考えがその時に確定していたようだった。
 敦子は新田の小説を読み込んでいくうちに、何かデジャブを感じた。
――どこかで読んだことがあったような雰囲気だ――
 と感じた。
 最近はいろいろな小説を読んできたことで、自分の方向性が分からなくなっていたような気がしたが、彼の小説を読んでいると、懐かしさを感じるのだった。まるで原点に戻ったかのような感覚に、敦子はどこからその感覚がくるのか、次第に分かってきたような気がした。
 やはり最初に感じた山田大輔の作品に返ってくる。頭の中が堂々巡りを始めた。堂々巡りを始めたということは、もう自分の考えが間違っていないということの証明であった。ただそれが堂々巡りを繰り返してしまう原因は、
「信じて疑わない」
 という思いがある反面、
「理屈としては信じられない」
 という思いがあるからだろう。
 新田は山田大輔の小説をよく読んでいるようだったが、ここまで作風を似せるというのは、山田大輔の作風からして、なかなかに難しいことに思えていた。
――そんな簡単にマネのできるものではない――
 と思って、小説を読みながら新田の顔を覗き込んでいると、新田も敦子の視線に気づいたのか、見られているという意識を表に出しているようだった。
 敦子の方をチラチラ見ては、また原稿に目を落とす。その繰り返しは違和感でしかなかった。
「新田さんの小説って、山田大輔の作風に酷似していますよね」
 と敦子は思い切って聞いてみた。
「ええ、分かりましたか?」
 悪びれることもなく新田は言った。
「似ているというだけなので、盗作ではないと思いますが、こんなに似るというのは、どこか不気味な気がします。まるで山田大輔という作家が、新田さんではないかと思うくらいです」
 というと、
「山田大輔という作家は確かに存在します。でも実際に書いているのは……」
 と言って、彼は口をつぐんだ。
「ゴーストライターがいるということですか? それが新田さん?」
「ええ、そういうことです。本来であれば、公表してはいけないんですが、実は私もそろそろ限界を感じているところなんです」
 暴露してしまったことに後悔はなかったが、新田の口から、
「限界を感じている」
 という話を聞くと、まるで自分が言わせてしまったように思えて心苦しかった。
「敦子さんは知らないかも知れないんですが、この間の交通事故ですね、あれは起こるであろうことを僕は予期していたんです。だからあの場所にもいたんだし、敦子さんがあの場所に居合わせるということも分かっていたんですよ」
「予知能力のようなものがあるんですか?」
「そうですね。これはゴーストライターを始めてから感じるようになったんですが、これは元々山田先生が持っていた能力を、僕が引きついたんだって思いました。今まで何年もやってきて、そろそろ誰かに交代してほしいと思った時、敦子さんを見かけたんです。今あなたには完全ではないですが、予知能力が備わっています。もちろん、その兆候があなたには昔からあったと思うんですが、僕と知り合ったことで、あなたは自然に僕から予知能力の素質を受け継いでくれていたようなんです。だからあなたの小説を読んでみたい気もしましたし、十分に山田先生の作品も理解していることが分かりました」
「まさか、私にあなたの後を受け継いで、ゴーストライターになってほしいとでもいうんですか?」
「ええ、その通りです。今から山田先生のお宅にお邪魔しますので、そこで正式にお願いすることになると思います。きっと引き受けていただけると思いますよ」
 敦子にとってみれば、降って湧いたような話であったが、新田の話を聞いているうちに自分に逆らうすべがなくなっているのに気付いた。小説を書くことが嫌いではなく、山田大輔の名前で自分の書いたものが売れるというのも嫌ではない。
 敦子は新田に連れられて、山田邸に赴いた。大きな家ではあるが、誰も他に住んでいないのか、閑散としていた。
「山田先生」
 と言って、新田が部屋に入ると、そこには安楽椅子が置いてあり、誰かが座っていて、向こうを向いているのが分かった。
 新田の声を聞いてもその男は振り返ろうとはしなかった。新田が椅子をクルリと回してこちらに向けると、そこには断末魔の表情をした白髪の老人が息絶えていた。
 敦子は驚きで声も出ない。しかし、新田はそれを見て驚くこともなく、ただ山田大輔の亡骸を見つめていた。
作品名:作家の堂々巡り 作家名:森本晃次