作家の堂々巡り
「先生は昨夜お亡くなりになりました。これは伏せておこうと思っています。そもそも山田大輔という作家は、ペンネームで、今までに何人もの人に受け継がれてきた名前だったんです。この先生も、先代の山田大輔氏のゴーストライターでした。作家が書けなくなったり、失踪してしまったりすると、その時のゴーストライターが山田大輔を名乗り、そしてまた別のゴーストライターを連れてくる。これが山田大輔という作家の正体なんです」
にわかには信じられない話だった。
だが、新田の真剣な表情を見ていると、なまじ無碍にもできないような気がしていたのだ。
「引き受けていただけますか?」
さすがにいきなりの申し込みに敦子は閉口していた。
その時敦子は山田大輔の小説の一つを思い出していた。
あれは、昔話になぞらえた話で、少しかいつまんだ話となるが、遊んでいた童が、
「苦しいよ」
という言葉に連れられて、引き込まれるように森の奥に入ってみると、そこには一匹の妖怪が一本足で立ちすくんでいた。
この妖怪も少年で、手に持った球を彼に見せると、二人は入れ替わってしまった。
「君が来るのを、僕はここで何百年と待っていたんだ」
と言われ、足が自由になった妖怪は、少年となってどこかに走り去った。
そこには妖怪と入れ替わり、妖怪となってしまった少年が立ち竦むことになる。そんなお話だったと思うが、その話を思い出した。
――私が入れ替わった少年なんだわ――
と思うと、足が根になってしまったことで、もう逃れられないことを覚悟するしかなかった。
「こんな運命なんて」
と敦子がいうと、
「大丈夫、運命は輪廻するものだから、今までの自分の環境が変わるだけだよ。決して受け入れられないことではないはずだ」
という新田の言葉が敦子をその気にさせてしまった。
今まで下を向いていた顔を上にあげると、そこには安楽椅子にいた亡骸はなくなっていて、そこには新田が座っていた。
――これからこの人が山田大輔なんだ――
と思うと、不思議な感覚だったが、初めて感じたことではないと思えてきた。
「私の小説が世に出るわけですね」
というと、
「その通りだよ」
と言われ、敦子は自分がゴーストライターではあるが、いずれ自分の名前、いや山田大輔としてデビューできることを夢見るようになった。
しかし、それもさほど時間が掛からないような気がした。妖怪が言った何百年というのが自分の意識の中で短縮されるような気がした。
「さあ、明日から心機一転、よろしくね」
と新田に言われて、それに従うように黙って頭を下げた敦子だった……。
( 完 )
94