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作家の堂々巡り

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 比較的大きな声を出して語り掛けている。
 一人はその声に反応しているようで、腕を上げようとしているが、
「分かったら、腕を上げてみてください」
 とでも救急隊員に言われたのであろう。
 消防隊員は手際よく担架にけが人を乗せ、点滴を施しながら、救急車に乗せていった。
 二台の車には、それぞれ運転手しか乗っていなかったらしく、一人は虫の息だが、もう一人はどうやら助からなかったようだ。ドアが外れて運転手の姿が見えたその運転手である。
 一人のけが人を載せて救急車は甲高いサイレンの音をけたたましく鳴らしながら、朝の喧騒とした道を走り去っていた。
――いつ聞いても嫌な音だわ――
 と救急車のサイレンの音に嫌悪を感じながら、さっきの事故が起こった瞬間を思い出していた。
 ハッキリと見たわけでもなく、気が付けな惨状が目の前に広がっていたので、思い返したとしても、思い出すことというと、限定的なものになるはずなのだが、思い出されたことはある程度完璧な状況だった。
――記憶とドラマなどで見た光景が交錯しているのかしら?
 と感じさせたが、これがこのままその時の記憶として格納されてしまうのは、どうにも嫌な気がしていた。
 救急隊員が救助を続けている間に警察の到着したようで、パトカーから降りてきた二人の制服警官から、近くにいた人に状況を聞いているようだった。
「ガチャンという音がして、そっちを振り返ると、車が折り重なるようにぶつかっていて、シューっという音がしていたので、爆発するんじゃないかという思いもあったので、怖くて足が竦んで、その場から動くことができなかったんです」
 と、一人のサラリーマンが話していた。
 すぐそばにいる一人のOLと思しき人も、しきりに、
「うんうん」
 と無言で頷いていて、自分が聞かれる前に態度を示すことで、
――どうせ同じことしか言わないんだ――
 と警官に思い込ませることで自分が聞かれることはないと思ったのだろう。
 だが、警察官は容赦はなかった。
「少しいいですか?」
 と言って、彼女にも同じ質問をしていた。
 彼女も、
「今の人とほとんど一緒なんですけど」
 と前置きをした上で、やはり似たような話を繰り返しているだけだった。
 ただこれで一つ言えることは、
「一番近くで見ていた人が、事故の現場をしっかりと直視できていたわけではない」
 ということである。
 ひょっとすると適度な距離があった方がよく見えていたかも知れない。遠いということはそれだけ視野が大きいわけで、実際の現場は目の前のごく一部に過ぎない。だからこそ、遠くではあるが、視界に収めるという観点からは、よく見えていたのかも知れない。
 警官はそのことに気付かないのか、近くにいた人数人に話を聞いたが、誰もが同じ答えしかしない。さすがに埒が明かないと思ったのか、警官もそれ以上、現場の状況を聞くのをやめたようだ。
 その間にけが人は車から出され、担架に乗せられ、救急車に運ばれた。けたたましいサイレンと音とともに走りすぎる救急車を見ていると、その姿は見えなくなるまで目で追ってしまっている自分に気が付いた。
――こんな光景をいきなり朝から見るなんて――
 と思いながら、その日がろくでもない日になるかも知れないと思うと、憂鬱な気分になっていくのを感じた。
 だが敦子はもう一つのモヤモヤした感覚が頭の中にあったことに気付いていた。
――これって、本当に初めて見る光景なのかしら?
 以前にもどこかで見たことがあったような気がしていたが、それがデジャブではないかと思った。
 しかし、デジャブであれば、デジャブを見させる何か元になるものがあってしかるべきなのだが、記憶の中にそんなものがあるという意識がまったくない。
 デジャブを感じれば、少し時間をかけて思い出すことで、少しでもその片鱗を思い出せるはずなのに、今回はまったく思い出せないことで、余計に気持ち悪かった。
 あまりにも光景がすさまじいまでの惨状だったことで、記憶がパニックになっているに違いなかった。
「どうして、こんなにひどい惨状を、過去に感じたなどと思ったのだろう?」
 もしそう思うのであれば、三条に気付いた時に分かりそうなものだ。
「待てよ」
 確か、すぐに何かが起こったことに気付きはしたが、それがどこで起こったことなのか、すぐに限定することはできなかった。音が錯覚を覚えさせたのかも知れない、
 しかし、起こった場所を確定するよりも先に、その惨状が交通事故であると自分の中で確定させた気がした。確かに国道という場所での鈍い金属音がしたのだから、当然事故を最初に想像するのも無理のないことだ。
 だが、事故だと断定するだけのことはできないはずだ。交通事故以外に、近くの建物で、崩落事故のようなものが起こったとは考えられないだろうか。
 考えられないことはないはずだ。それなのに交通事故と信じて疑わなかった自分に、違和感はなかったことが今となって考えれば、それが「違和感」だったのかも知れない。
 救急車と消防車が走り去り、残ったのは警官による事情聴取だった。敦子も一応簡単ではあるが聞かれた。もちろん答えられることは他の人が示したこと以上でも以下でもない。聴取はすぐに終わった。
――このまま会社に行っても、仕事にならないかも知れないわ――
 と感じたので、会社に連絡を入れ、
「出勤途中に交通事故を目撃したので、その聴取もあって、少し遅れます」
 と伝えた。
 電話に出た会社の事務員は、
「そう、それは大変ね。あなたにけがはないの?」
 と聞かれ、
「ええ、私は大丈夫です。少し遅れますが、申し訳ありません。よろしくお願いします」
 と言って電話を切った。
 相手にも敦子の声の震えは伝わっていることだろう。なるべく震えを抑えるようにして声を発したつもりだったが、それでも声は震えていた。事故を目撃したことのショックも当然のことだが、本当はこのまま会社に遅刻せずに行っても別に問題があるわけではないのに、遅刻する旨を伝えてしまったことへの後悔の念が、敦子に震えを起こさせたのかも知れない。
 敦子は、まだ自分の足が震えているのを感じていた。まわりを見るとそれまで止まっていた時間が動き出したように、通行人が何事もなかったかのように足早に歩いている。敦子のようにその場に立ちすくんでいる人はもうおわず、まわりを見渡すと、さっきまでいた人のほとんどはその場から立ち去っているようだった。
「大丈夫ですか?」
 と、ふいに後ろから声を掛けられた。
 そこに立っていたのは一人の男性で、その人がさっきの事故現場にいなかったことはチャック済みだった。
「ええ、大丈夫です」
 と言ってその顔を覗き込んだが、その顔には見覚えがあったような気がする。
「あれ?」
 最初に気付いたのは相手だった。
「敦子さんじゃないですか?」
 その声にも姿にも見覚えがあった。
「新田さん?」
「ええ、そうです。お久しぶりです」
 と言って、新田和弘は笑顔になって、再会を喜んでくれているようだった。
「今から出勤ですか?」
「ええ、まあ」
 と敦子は曖昧な返事しかすることができなかった。
「どうやら、すごいことになっているようですね」
作品名:作家の堂々巡り 作家名:森本晃次