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作家の堂々巡り

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 ただ、それから不定期に人の視線で自分を見るということができるようになった。どんな時にできるのかということもハッキリとはしないし、きっかけもいつも一緒というわけではない。共通していることは、
――あっ、もうすぐ他人の目線で自分が見れるようになる――
 という前兆が訪れるということだった。
 だから自分の中で驚きのようなものがあるわけではない。
 驚いたことを封印しているつもりもないので、それが前兆となって現れるという少し時系列的に矛盾した考えが頭をよぎるのだった。
 相手の視線から自分を見るという感覚から、他人の身になって考えるというのに変化してきたと思うのだが、厳密にいうと、その二つは別にどちらかからの発展形と考えるとおかしな気もする。だから、相手の視線から自分を見るという感覚がなくなり、他人の身になって考えるというのが、その後になって出てきたと考える方が自然なのかも知れない。
 だがその日は、最初、
「他人の身になって」
 と思ったのだが、次第に、
「他人の目線で自分を見ているような気がする」
 という思いに変わっていた。
 久しぶりに感じた感覚だったが。それよりも、
――この感覚、なくなったと思っていたけど、まだあったのね。私の勘違いだったのかしら?
 と感じるようになった。
 いつもであれば、まわりを気にしないはずの敦子だったが、次第にまわりが気になり、まわりを見渡してみた。
 これまでにまわりを見なかったのは、おとぎ話や神話のように、
「見てはいけない
 と言われているものを見てしまったことで、その後主人公がどうなってしまったのかということを思い浮かべると恐ろしく感じたからだ。
 この件は、
「見てはいけない」
 というわけではないが、見てはいけないと思っているのが自分だというだけで、いわれていることに比べると、ごく小規模なものだ。
 それでも意識しないわけにはいかない。まわりを意識しないようにしようと思ったが、やはり好奇心には勝てなかった。
「見ないことで後悔するより、見てしまってから後悔する方がよほどいい」
 という考えに基づくものだが、考えてみれば、おとぎ話や神話の世界での、禁を破った理由というのは、おおよそそのあたりが要因だったのかも知れないと思うのも、無理のないことだと思った。
 そんなことを考えていると、どこからか、
「キー」
 という音がしたかと思うと、
「ガシャン」
 という何かが壊れる音がした。
 その音は金属音とガラスが割れる音を合わせたような合成音で、すぐにどこかで交通事故が起こったのだと分かった。だが、音が高音と、金属音が混ざったような音だったため、その出所がどこなのか、すぐには分からなかった。甲高い金属音であったり、デジタル音はその特性から、どこで鳴っているか分からないと言われるが、その時もそうだった。
 音があまりにも衝撃的だったことで、自分がパニックになったのかも知れない。すぐそばで聞こえたような気が一瞬だがしたことで、身体が硬直してしまって、まわりに気を配る勇気がなかったのだ。
 思わず身体を屈めてしまいそうな音が全身を包んだかと思うと、その後に起こった、
「シュー」
 という音で、煙が湧きたっているような状況が思い浮かんだ、
 恐る恐るまわりを見てみると、喧騒とした雰囲気があたりを包んでいて、皆顔色を変えて、真剣な表情で、ある一点を見つめていた。
 敦子もその視線の先に見えるものを見ていたが、そこには二台の車が出合い頭に正面衝突して、全部がまるでアコーディオンのように拉げている様子が見て取れた。そこからは煙が上がっていて、シューっという音はまさしくそこから起こったのだということを示していた。
 誰も近づこうとはしない。身体が硬直して動けない人も多いだろう。朝の通勤時間だったので、ある程度人がいるのは分かっていたが、立ち止まって振り返っている人の数は、敦子が感じていたよりもさらに多かったのにはビックリさせられた。
「あ、もしもし」
 と、一人が携帯でどこかに連絡を取っているのを見ると、急に皆我に返っていたようだが、すぐにそこから立ち去る人は誰もいなかった。
 連絡を取っているのは、どうやら消防署のようで、救急車と念のために消防車も要請したのだろう。あれだけの激突音で、その後もシューっという音が煙を噴き出しながらまわりに喧騒とした雰囲気を与えているのだから、それも当然のことである。
 救急車が来るまで、一般人が何かできるわけでもない。音がしていて煙が出ている以上、いつ爆発するか分からない状況なので、近づくわけにもいかない。ただ、車の惨状から中にいる人はとても普通ではいられないことくらいは想像がつく。それがどれほどのものなのか、想像を絶するもので、怖いもの見たさの人間でもない限り、想像することも嫌であろう。
 寒いはずの冬の朝に、背筋も凍るような戦慄的な光景が目の前で繰り広げられているのだから、さらに寒いはずなのに、身体が火照っているのを感じる冷たい風が吹き抜けているはずなのに、それも感じるわけではない。異様な感覚だった。
 そのうちに、折り重なっている惨状の中から一台の車のドアがグラグラしていた。今にも外れてしまいそうな雰囲気に、誰か気付いた人はいるだろうか。
 そのうちに、グラグラしていた扉が下に、
「ガチャン」
 という音を立てて崩れ落ちた。
 その音は、文字にできないような鈍長な音で、重厚な雰囲気だった。下手に甲高い音よりも身体に響き、ドキッとした人も少なくないに違いない。
 開いた扉の向こうで、運転手と思える人が、ハンドルと座席の間に挟まれて、窮屈な姿を見せていた。歪に歪んだ身体は、
――これじゃあ、生きているわけはないか――
 と思うほど、普通の人間であれば、痛くて耐えられないような歪な姿を見せていた。
 顔は向こうを向いているので、その形相は分からないが、きっと断末魔に歪んでいるに違いない。
――想像したくない――
 という気持ちを裏腹に、見てみたいという不謹慎な気持ちがあるのも事実で、恐る恐る近づきかけたが、
「危ない、近づかない方がいい」
 という男性の声で我に返った敦子は、その場で立ちすくんだ。
「ありがとうございます」
 と、その人に声を掛けたが、彼は頷くだけで、それ以上何も言わなかった。
 表情は誰もが同じ、真剣で何かにとりつかれたような表情だった。
 敦子は、危険だと思っていたのに、どうして吸い寄せられるように前に進んだのかその時の心情を思い起こすことはできないが、何か見なければいけないという気持ちがあったのも事実だろう。異様な雰囲気の中で運転席の惨状がまるで別世界の出来事のように感じたのであろう。
 そうこうしているうちに救急車と消防車が到着した。まず消防隊員が車に恐る恐る近づき、油が漏れているわけではないことと、とりあえず爆発の危険がないことを救急隊員に命じると、消防隊員は、救助しやすいように、車の扉をこじ開けたりしながら、無線で本部に連絡を取っているようだった。
 消防隊員がこじ開けてくれたところに身体を入れるようにして、今度は消防隊員が車の中の人を救助する。
「大丈夫ですか?」
作品名:作家の堂々巡り 作家名:森本晃次