作家の堂々巡り
リーダーの横替えを覗き込むようにして、彼女にこちらの気持ちを気付かせたいという一縷の望みを持ったが、そんなものは必要なかった。
「ビックリしたでしょう?」
と少ししてリーダーが話しかけてくれた。
「え、ええ」
と曖昧イな返事しかすることができなかった敦子だったが、リーダーもすぐに話しかけてくれなかったのは、自分の気持ちを落ち着かせる必要があったからではないかと思った。
確かに彼女は、救急車を見送るまで冷静さで動いていた。冷静さだけだったと言っても過言ではない。そんな自分だから、人と話ができるようになるまで、自分のテンションを高める必要があったのだろう。普通であれば、そこまでの必要はないのだろうが、人命にかかわる緊急事態だったことを思えば、それも致し方のないことのように思えた。
敦子は一人でいる時、そして四人グループの中にいる時には、ネガティブに考えてしまうことが多かったが、数は少ないが、リーダーと一緒にいる時というのは、そのほとんどがポジティブな発想になっていることに気付いた。
――これが彼女のリーダーとしてのオーラなのかも知れないわ――
と感じた。
――私にはできない――
いきなり否定形から考えてしまったのは、いつもの敦子であり、これもネガティブな発想であろう。
だが、それも相手がリーダーであれば仕方のないことで、そう思うと、自分にはできないという考え方も、裏を返せばポジティブなのかも知れないという、不思議な感覚に駆られていた。
「リーダーは、彼がこういう発作を持っていることを知っていたんですか?」
と敦子は聞いた。
「ええ、知らなかったのは、敦子さんだけなんだけどね。ただこれは彼からの要望でもあったの」
「どういうこと?」
「なるべく知っているのは、限られた人間であってほしいってね。でも、もっと親しくなれば自分の方から言いたくなると思う。そんな友達を増やしていきたいんだって」
「そうなんだ。私はまだその域に達していたわけではないのね」
と少し寂しい気分になったが、何となく分かる気がした。
あくまでも何となくであり、それもリーダーの口から聞かされたから分かった気がしているだけで、これが本人や家族以外の他の人から聞かされた話であれば、分かったという気分はなかっただろう。
むしろ、怒りがこみあげてきたかも知れない。今でも怒りがないと言えばウソになる。
――一緒に行動しているのに、水臭いじゃないの――
という気持ちだが、もし敦子が彼の立場だったらと思うと、その怒りの意味が失われていくような気がした。
「でも、彼はそのうちにあなたにも話していたと思うの。今回はタイミングが悪く、症状の方が先に出てしまったようなんだけどね」
「彼は治らないの?」
「そんなことはないわ。元々小児の時の障害が今の状況を生んでいるようで、大人になればこの症状が消えるという可能性もあると言われているわ」
「そうなんだ」
とまたしても曖昧な返事しかできなかった。
――リーダーはまだ何か隠しているような気がする――
と思ったが、それ以上言及する気はその日はしなかった。
その日にしなくて時間が経ってしまうと、もう言及する気にもならなくなった。時間が解決するとよく言われるが、これも解決の一つなのかと思った敦子だった。
ただ、その時からグループ内で少し不協和音が響いたのも確かで、その音は誰が気付くことになったのか、敦子は分からなかった。少なくとも、この四人は、
「永遠の親友」
というわけではなかったということだ。
それだけお互いの距離が微妙だったということであろう。
敦子は彼のことを知らなかったのがグループの中で自分だけだったということが気になってしまった。
――どうして私に教えてくれなかったんだろう?
それを聞く勇気もなければ、聞いたことに対して最悪だった場合は、その重圧に耐える自信もなかった。
このまま、何もなかったかのように自然消滅した方がいいのではないかとさえ思ったほどだった。
彼は翌日何事もなかったかのように学校にやってきた。
「昨日はありがとう」
と一言皆に声を掛けただけで、昨日の話は終わりだった。
――私に何もないのかしら?
昨日のことに言及してほしいとは思わなかったが、せめて病気のことくらいは話してくれてもいいかもと思ったが、考えてみれば自分の口から話すというのも少し違う気がした。
かなり勇気のいることだし、自分のことなのでどのように話していいのか迷うはずだ。
――私が彼の立場なら、何も言えないかも知れないわ――
とも感じた。
しかし、何ともモヤモヤした気持ちが支配していた。自分だけが知らなかったという事実がグループの中での自分の立ち位置が決定したかのような気がしたからだ。
元々の立ち位置が明確になっただけのことのはずなのに、これほどのショックを受けるということは、敦子は少なからず自分が一番端ではないということを自覚していたのだろうか。それよりも野心めいたものがあり、いずれはリーダーになどと大それたことを思っていたのだろうか。少なくとも後者ではなかっただろうと思いたい。
一度響いた不協和音は、そう簡単に切れるものではない。
――本当はこのグループにどまっていたい――
という気持ちと、
――こんなグループ、私の居場所ではないわ――
という気持ちが交差した。
後者は完全に意地によるものだろう。どちらかというと意地を張ると意地つ貫き通すところがある敦子は、一度意地を張ってしまうと、引き返せないところまでいくであろうことは容易に想像がついた。前者は言わずと知れた「未練」だったに違いない。
だが、最初のうちは、意地と未練が交互に頭打ちを行いながら、どちらともつかない結論を模索していたようだ。迷っているうちは、ハッキリと脱退するという意思を決して表に出すことはない。出してしまえば、引っ込みがつかなくなることも分かっていた。
不慮の事故のような形で表に出てしまっても同じことだ。だから気持ちはひた隠しに隠す必要があった。下手に表に出てしまうと、自分の意志に関係のないところで事態が変化していく恐れがあるからだった。
「一進一退の揺れ動く気持ち」
というのが、正直なところであっただろう。
敦子は、ゆっくりであるが、グループから離れて行っていることに気付いていた。それは団体としてのグループというよりも、個人間での感覚であった。グループには確かに所属はしているが、個人個人との付き合いとなると、皆それぞれにぎこちなくなっていったのである。
まずはリーダーであるが、リーダーは彼のあの発作時以来、敦子は余計なことを気にしていることに気遣っていた。しかし、敦子の方が一歩離れたところから近づこうとしないのを見ていると、リーダーもさすがに切れてくるようだった。敦子が徐々に気持ちが離れて行ったのとは対照的に、リーダーの方はギリギリまで我慢していたようだ。それでも我慢できなくなり堪忍袋を緒が切れてしまった状態に至ってしまっては、もう敦子を擁護することも、敦子に気を遣うこともなくなった。
「そんなに嫌なら、どうぞ離れてください」
と言わんばかりの威圧感で迫ってくる。