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作家の堂々巡り

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 リーダーはテキパキと行動している。頭を起こしたり、胸の様子伺ったりしていた。すると、倒れた彼の様子が少し変化してきていることに気付いた。
――身体が震えている――
 と思った時、ビクビクとした震えが次第に大きくなっていき、完全に身体全体が痙攣してしまったようだ。
 リーダーはそれでも慌てることはなかった。まるで最初から分かっていたかのように、彼が倒れてからすぐに、前もって用意したタオルハンカチをすかさず、彼の口に挟んだ。
 歯をガクガクさせているのだから、一歩間違えば指を噛みちぎられる可能性もあるので、なかなか慣れていないとうまくいかないはずなのに、リーダーはうまくタイミングを計って、彼の口にタオルハンカチを入れることができた。
「こうしておかないと、舌を噛みちぎってしまうかも知れないからね」
 と、初めて敦子に対して言葉を発した。
 ちゃんと敦子の顔を見て、微笑みながらの行動だったので、敦子は一気に安心した。そしてその場でのリーダーの行動力に、尊敬の念を抱いたのだった。
 リーダーは敦子を無視していたわけではなかったのだ。彼女が倒れてから、痙攣を起こすまでの経緯をあらかじめ分かっていて、どこまで行けば落ち着けるのかが最初から分かっていたのだろう。だから、痙攣を起こして口にタオルを挟み込むまでが最初の気の抜けない時間帯だったのだ。
 どうやら、彼は癲癇という病気を患っていたようだ。倒れこんでから身体が震えだすまで少し時間が掛かったかのように感じたが、実際には一連の動きだったようで、それだけ敦子が動揺していたということであろう。
「すぐに救急来るって」
 と、もう一人の女の子がそういった。
「ありがとう。こっちも少し落ち着いたようだわ」
 と言って、少しホッとしている。
 口にタオルを挟んだことで、少し痙攣が収まってきているように思ったのは気のせいだろうか。リーダーの、
「少し落ち着いた」
 という言葉がまるで催眠術のように敦子の心に間違いのない何かを植え付けたような気がした。
 二人の様子に尊敬の念を抱いていた敦子に、リーダーが話しかけた。
「あなたが最初に気付いたのよね」
 とふいに声を掛けられ、敦子はビックリした。
「えっ、そうだったの?」
 ともう一人の女の子が言った。
「ええ、敦子さんが最初に気付いたの。今までは私がいつも一番最初に気付いてきたので、敦子さんが最初に気付いたことで、いつもの発作とは違う何かが起こったのではないかと思って、急に不安になったのよね」
 とリーダーは言った。
――なるほど、これだけ冷静だったリーダーが、最初どうしていいのか分からないという表情をしたのは、そういうことだったのか?
 と敦子は分かった気がした。
 しかし、それにしてもすぐに我に返ったのはさすがだった。あれにはさすがにビックリさせられたのも事実だった。
「私はいつもの発作だって思ったんだけど、リーダーの表情を見て、急に怖くなったの。いつものリーダーとは明らかに違っていたからね。私もどうしていいのか分からなくなったのよ」
 ともう一人の彼女も言った。
――えっ、何? じゃあ、私が最初に気付いたことで、二人の初動のリズムを崩してしまったということ?
 と、遠回しに自分が気付いてしまったことで迷惑をかけてしまったと言われているようで、ちょっとショックを覚えた。
 すぐにネガティブに考えようとする敦子の悪い癖であった。
「大丈夫よ。とにかく、これで落ち着いたのは間違いない」
 と言って、リーダーは勝手に話を終わらせた。
 それだけ精神的に疲れているということだろう。あれだけの手際を見せたのだから、それも当然のことである。事なきを得たことで、とりあえずはよかったと言えるだろう。
 そのうちに、遠くから聞き覚えのあるサイレンが聞こえた。救急車が近づいてきているのが分かったのだ。それにしても、いつ聞いてもあまり気分のいい音ではない。リズム正しく鳴らされているはずのサイレンの音が、距離のよるものなのか、角度によるものなのか、その音が歪に変わってしまう瞬間があった。
――ドップラー効果というのよね――
 と独り言ちた敦子だったが、救急車が近づいてきていることに間違いはなかった。
 救急車のサイレンの音が最高潮に達したかと思うと、急に音が鳴りやんだ。目的地に到着し、音が止まったのである。しかし、パトランプはまわりながら真っ赤に点滅している。音のないパトランプを見ると、どこか気持ち悪いのは、そこから感じる違和感のせいであろうか。
 運転していた人が、後ろの観音開きの扉を開けると、中から白衣を着て、ヘルメットをかぶった救命士と呼ばれる人が担架を持って飛び出してきた。
「大丈夫ですか?」
 と、まず倒れている彼に声を掛ける。
 ここまでくると、痙攣はある程度収まっていて、顔色も少しよくなっているようだった。その証拠が唇の色で、さっきまで紫に染まっていた唇が、男性とは思えないほどのピンクに染まったいつもの唇の色に戻りつつあったからだ。
 彼は自分で身体を少しくらいであれば動かすことができるようになっていた。意志表示くらいはしっかりできる。救命士は電話を掛けた彼女に話を再度聞いて、無線でどこかに電話していた。
「どこか、行きつけの病院とかありますか?」
 と聞かれると、リーダーが彼のカバンを開けて、そこから手帳を取り出した。
「ここに書いています」
 と救命士に手渡したが、どうやらこの行動も彼との間で暗黙の了解になっていたようで、
「僕が発作を起こした時は頼みます」
 と頼んでいたに違いない。
 それは本人からだけではなく、親からも頼まれていたのだろう。さっきもう一人の彼女が救急車を呼んで電話を切ってから、もう一か所電話をしていた。それが彼の親元であったことは、電話の内容から察しがついた。
「分かりました。では、こちらの指定病院に連絡してみますね
 と言って、少し救命士は無線で連絡を取ったようだが、手配はすぐに終わった。
「分かりました。指定病院に向かいます」
 と言って、彼を載せて、救急車は走り去った。
 一緒に乗っていったのは、もう一人の女の子の方で、連絡を入れた本人だということと、こういうことには彼女も慣れているということが分かったからだった。てっきりリーダーが乗っていくものだと思った敦子は少し拍子抜けしたが、彼女に乗っていかれて、残ったのがもう一人の彼女だということを考えれば、この方がよかったような気がした。
 救急車はスピードを上げて走り去った。それを見えなくなるまで二人は見送ったが、リーダーはまったく視線を逸らすこともなくじっと救急車を見ている。その様子は、
――本当に中学生?
 と思わせるほどだった。
 自分の友達にこれほどの人がいたんだということにいまさらながらに驚かされた敦子だったが、二人きりになったことで、少し空気が微妙になってきたことも感じた。
――どう話をすればいいんだろう?
 彼女の救急車を見送る様子を見ていると、リーダーの方から声を掛けてくれるような気はしなかった。
作品名:作家の堂々巡り 作家名:森本晃次