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短編集75(過去作品)

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 朝、目が覚めた時というのは、一番実家を思い出す時間かも知れない。田舎にいる両親の顔が思い浮かぶ時間、天井を見つめていると実家の自分の部屋を思い出す。特に朝などは夏であっても肌寒く、そんな中で誰よりも早く起きて朝食を作っている母の後姿が思い浮かぶ。そして台所から香ってくる味噌汁の香り、それが一番の朝の思い出である。
 田舎にいる時から朝は弱かった。元々低血圧のため、ハッキリと目が覚めるまでに時間が掛かる。
「そんなに時間が掛かるなんて、やっぱり低血圧だからか?」
 高校の修学旅行で、目覚めの悪い成田に同級生が話していた。
「自分しか知らないので、これが普通だと思っていたよ」
「それじゃあ、朝が嫌だろう?」
「ああ、本当に毎朝辛いね」
 皆同じだと思ったからそれほど辛いとは思わなかったが、同僚の話を聞いているときつい思いをしているのは自分を含めた少人数だけだということを初めて思い知らされたような気がする。
 それでは見た夢もすぐに忘れてしまっても当然だろう。そう考えると朝の目覚めを工夫してみたくなったのも、後から考えて納得がいくものだ。
 最近一番覚えている夢は、家族団らんの夢である。それは今まで自分が育ってきた環境ではなく、自分が一家の柱になっている夢だ。
 朝起きると台所に立っているのは、母ではなく若々しい女性、それがまだ見ぬ自分の伴侶であることは夢の中で分かっている。
 タマゴとトーストの焼ける香ばしさに、胃袋は反応してしまう。あまり目覚めがよくない成田は、元々朝食は食べれない方だ。実家の味噌汁があれば食べれたのだが、一人暮らしを始めてからというもの、家で朝食を食べたことはまだない。通勤途中でのモーニングサービスが好きなので、時々食べているが、きっと起きてしばらくの間は、胃が受け付けないのだろう。
「朝食はどうも苦手でね。起きてから一時間以上経たないと、何か気持ち悪くて食べられないんだよ。朝が弱いからかな?」
 と同僚に話したが、
「そんな、それは成田だけじゃないよ。俺はそれほど朝が弱いわけじゃないけど、朝食は食べないさ。その方が午前中はスムーズに仕事もできるしな。それに、食べても食べなくてもお腹は、昼前になれば減るものさ」
 朝食をあまり食べないのは、朝が弱い低血圧の成田だけではないようだ。確かに、朝食を食べた時も食べなかった時も昼前には同じようにお腹が減ってくるものだ。同僚の言うとおりである。
 夢に出てくる将来の奥さんの顔は夢では見ているのだろうが、起きてしまえば思い出すことはできない。しかし、朝の通勤の途中で時々気になっている女性、それが夢に出てくる女性に似ているといえば似ている。最初は自分の好みのタイプではないと思っていた人なのだが、夢を見ることで意識している自分に気付く。時々釘付けになった成田の視線に気付いたのか、睨みつけるような視線を返してくる女性に、どぎまぎしながら慌てて視線を逸らしている成田だった。
――嫌いなタイプではないが、あれだけきつい顔をした女性は苦手だ――
 元々、大人しめの女性がタイプの成田が、きつめの眼差しの女性を気にするなんて今までにはなかった。だが、じっと見ていると、時々思い出すようになる。夢を見たから気になったのであって、今度は気にし始めるとずっと気になってしまう。そのため、また彼女が夢に出てくる……。そんなことを繰り返していた。
――だが、将来の女房とはこれまた――
 自分でも信じられない。しかも、食事を作っている後ろ姿だ。普段はスーツに身を包んだキャリアウーマンとしての彼女しか見たことがないのに、これはどうしたことだろう。普段から弱いと思っている朝に、奇妙な気持ちの昂ぶりを感じるのだ。
 彼女は女性としての魅力はかなりある。
――抱いてみたい――
 と思っただけで身体の一部が反応し、抱いているところを想像すると、身体の血液の逆流を感じるほどである。朝から淫らな発想をする自分にビックリしているが、それだけ健康な独身男性だということの裏返しでもあるのだ。
 最近は彼女も成田を意識しているようだ。朝だけではない。夕方の帰宅時間が同じになることもある。特に最近は頻繁だろうか?
 なぜ声を掛ける勇気が生まれたのか成田自身にも分からない。気がつけば朝の通勤時間を話しながら過ごすようになっていたのだ。そんな会話だったのだろう? 最初の会話を彼女は覚えているだろうか?
 彼女の名前は緒方美津子という。名前を聞くまでに何度出かかった言葉を飲み込んだことだろう。しかし、一旦話を始めると成田が考えていたより軽い女性であった。
 軽いという言葉には御幣があるかも知れない。「今風」というべきではないだろうか。適当に考えているようでしっかりしているところはしっかりしている。それが美津子の魅力なのだ。
「私、趣味は油絵を描くことなんです」
 話が盛り上がり趣味の話になった時、美津子が話してくれた。
 いつも行く駅前の喫茶店での昼下がり、休日という一日の中で一番余裕があって、さらに少しだけ黄昏拓なるような不思議な時間であった。
「学生時代からの趣味なのかい?」
「ええ、そうなんですの。高校の頃に美術部に入っていて、その時から油絵はずっと続けています」
 モノを作ることは好きなのだが、芸術的なことにはあまり興味を示さなかった成田は、興味深げに聞いていた。
「僕は小学生の頃に、音楽も絵画も図工も、すべて挫折しました」
 と笑いながらいうと、相当おかしいのか、美津子は吹き出して笑い出した。
「そこまで思い切り笑わなくとも」
「ごめんなさい。私も絵以外は小学生低学年で挫折ですね」
「絵を描きたいと思ったこともあるんだけど、どうも距離感とバランス感覚が狂っているんでしょうね。思ったようにいきません」
「それは皆最初からそうなんじゃないかしら? 確かに天才と言われる人たちもいるけど、それだけじゃないですからね」
 一度美津子の描いた油絵というのを見せてもらった。
 その絵は海岸を描いている。入り江のようになった寂れた漁村のようなところで、水平線に夕日が沈んでいるような光景である。右側には断崖があり、まるでタンカーの船首のように弧を描いている。きっと夕日がなければ水平線の裂け目を見つけることは困難かも知れない。そんな風に成田の目に写っている。
「夕日が沈んでいく様子がよく分かるよ」
「そう? でもどうしてこれが夕日だと思うの? 朝日かも知れないわよ」
 言われてみればそうだ。確かに言われなければずっと夕日だと思いこんでいるだろうが、それが夕日だという根拠はどこにもない・
「見た目そのままだよ」
「そうね、確かに私も夕日を見ながら描いたのよ。夕日と朝日ではきっと明るさが違うんでしょうね」
「明るくなり始める時と、暗くなり始める時では、必ず同じ明るさでも違うと思うんだ。それが同じ一瞬を見たとしてもね。ずっと見ていれば瞼に残像が残っているんでしょうけど、一瞬なら分からないはずだろう? でも、それが分かるということは、僕が思うに、波面に映った太陽の歪さに、微妙な違いがあるんじゃないかな?」
作品名:短編集75(過去作品) 作家名:森本晃次