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意識が時間を左右する

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 普段立ち寄る、出棺者の最寄りの駅前にあるカフェとはまったく違っていた。カフェの方は全体的に店内は明るく、客もそれなりにいるのだが、画期という意味ではまったく感じられない。ザワザワとした喧騒にも似た雰囲気はあるが。それは自分の錯覚によるものではないかと思うほどで、朝の雰囲気がそんな気分にさせるのかも知れない。
 しかし、この喫茶店は少し趣が違っていた。
 最初から店内は薄暗く、騒々しさは皆無に思われた。木造の黒みがかった柱や壁が、音を吸収しているのかも知れない。
 しかも、漂ってくる香ばしいコーヒーの香りは、暖かさとともに湿気を運んでいるように思えた。
 その湿気が音を吸収し、しかも壁が反射を許さない。まるで音響効果の聞いた演奏室のような感じがするくらいだった。
 流れている音楽もクラシックだった。
 いつものカフェは軽音楽を流していて、重厚さという意味でもまったく違った雰囲気を醸し出しているのだ。
 テーブル席に座って表を眺めていると、
「いらっしゃいませ。何にいたしますか?」
 と、一人の女の子が注文を聞きにきてくれた。
 大学生くらいであろうか、アルバイトの雰囲気があり、後ろで結んだ髪が彼女のスリムな身体を演出しているようで、店に入って初めてほっこりした気分にさせられた。
 少し小柄な身体に真っ赤なエプロンが似合っていて、一見この店の雰囲気に似合いそうもない感じだったが、逆に彼女がいることが店の雰囲気を偏ったものにしない効果があるのだと思うと、それも正解なのかと思った。
 中には、この店の偏った雰囲気が好きな人もいるかも知れない。だが、そんな人にも彼女の笑顔は癒しとして受け取ることができれば、偏ったままの雰囲気を維持しつつ、彼女からの癒しを受けることができるのではないかと思うと、なぜか納得が行く矢吹だった。
「じゃあ、サンドイッチのモーニングを」
 と注文すると、
「かしこまりました」
 と言って、踵を返した。
 その時にこちらに向けた彼女の笑顔に、矢吹は初めて癒しを感じた。その癒しはここ数年。いやもっとかもしれないが、感じたことのなかったものだった。
 その思いを抱いたことそれだけで、その日一日が今までと違っているだろうと思うようになった。
 椅子に座っているのに、腰が勝手に浮いてくるような感覚だ。椅子に触れているお尻の部分がむず痒く感じる。その思いが心地よくて、それが癒しを形にしたものだという気持ちにさせるのだった。
 普段はトーストのモーニングが多い矢吹だったが、メニューを見た時最初に目に入ったのが、おいしそうなサンドイッチだった。
 これと言って何の変哲もないメニュー写真だったのだが、どうしてサンドイッチが最初に目に入ったのか、そしてサンドイッチから目が離せなか卯なっていたのか分からなかったが、
「今日の気分がサンドイッチ」
 と思ったのは間違いのないことだった。
「ひょっとすると、サンドイッチのそばに置かれていたサラダが気になったのかも知れない」
 普段は、あまり生野菜と摂る方ではない。出版社の近くの喫茶店でのトーストモーニングにも、ちょっとだけ生野菜のサラダがついているが、別においしいと思って食べているわけではない。
「これもお金のうちだから」
 という思いが強いだけだった。
 いわゆる惰性と言ってもいいレベルの感覚だったのだ。
 それなのに、この店で見たサラダは実においしそうに見えた。目の錯覚に違いないと思ったが、それならそれで食べてみる価値は十分にあると思った。あまり過度の期待をしてはいけないのだろうが、一旦感じてしまったことを、矛を収めるように元に戻すことなどできるはずもなく、衝動には衝動で感じるしかないと思ったのだ。
 料理が運ばれてくるまで下を通っている人を眺めていたが、思ったよりも人が多いことにビックリしていた。普通に歩いている分には、ここまで人の多さが分からない。きっと真上から全体を見るような構図とでは、明らかに見える感覚が違っているからに違いなかった。
 下ばかりを見ていたが、少しして今度は少し向こうを見てみようと思うと、ちょうどこの店がアーケードの切れ目に位置していることもあって、アーケードの切れ目から向こうの光景がハッキリと見えている。遠くの山まで続いている住宅街、その途中に点在しているマンションを見ていると、この街が中途半端な都会であるということにいまさらながらに気付かされた気がした。
「あれが駅かな?」
 歩いているとあっという間に感じる駅であったが、こうやって上から見ると、想像しているよりも遠くに感じられた。これも目の錯覚の一種なのだろうが、今日はこれからどれだけの目の錯覚に気付かされるかと思うと、ドキドキするやら、複雑な気持ちになってきた。
「お待たせしました」
 ちょうどいいタイミングに彼女が声を掛けてくれたように思えたのは、窓の外に自分の意識がすべて行ってしまったのではないかと感じたからだ。
 その時、それまで感じなかった窓ガラスに写る店内の光景に初めて気が付いた。そこに写っているのは、自分の姿と立っているウエイトレスの女の子だった。影のように顔が分からないのっぺらぼうになっているのは、店内の照明から逆光になっているからだというのは分かっていたが、あれだけ暗いと思っていた店内の逆光なのに、ここまで顔が影になっているなど、想像もしていなかった。
 彼女は思っていたよりも背が低く感じられる。下から見上げた時はもっと背が高かったように思えたのだが、ガラスに写っているその姿は想像よりも背が低い。
――待てよ――
 さっきの自分の理論では、見上げる方が近くに感じられるはずだというものだったはずなのに、あの時は背が高く感じたということは、遠くに見えていたということになるはずなのに、どうして窓ガラスに写っている姿を見て、さっきよりも背が低いと感じるのであろうか?
 それを思うと、自分の感性が少し狂っているのかも知れないと思った。それは、この場所が特殊だからだというよりも、どちらかというと、初めて入った店なので、しかも錯覚を覚えることが今日は多いと最初に感じたからなのかということではないかと思うようになっていた。
 表を見ながらまずコーヒーを口に含んだ。元々はブラック派であったが、その日はいつもよりも寒いのもあってか、甘さがほしくなり、砂糖をスプーン一杯だけ入れて飲んだ。
「なかなかおいしいな」
 スプーン一杯だけではあったが、いつものブラックに比べて、コクが感じられたのは気のせいであろうか。砂糖の甘みが口の中で広がって、まろやかさを味わえたのかも知れない。
 相変わらずアーケードを見下ろしていたが、一人の女の子はこちらを見ながら歩いてくるのが見えた。もちろん自分を見ていたわけではないのだろうが、目が合った気がした。思わず会釈した矢吹に対し、彼女もつられるように絵球を下げた。矢吹を意識したからであろうか。
作品名:意識が時間を左右する 作家名:森本晃次