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意識が時間を左右する

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 そう思うと、今度は、
――あの時の俺と今の俺とでは、どっちが本当の俺なんだ?
 と考えるようになった。
 また、今の自分もあの時の自分も本当の自分ではなく、本当の自分は他にいるのではないかと思うようにもなっていた。
――こんな風に自分について悩むなんて、今までにあったことだろうか?
 なかったことはないと思っているが、あったとしても、それは思い出せないほどの遠い過去であることはハッキリしている。
 過去を思い出すということも、今までにはあまりなかった。かと言って将来に思いを馳せるようなこともなかったはずなので、見ていたのは絶えず現状だけだということになるだろう。
――過去を振り返ることが多いことと、現状のみしか見ていない自分とでは、どっちがいいことなんだろう?
 と考えた。
 答えは出るはずなどないと思いながら、考えることをまんざら悪いことではないと思い始めていた矢吹は、この考えの延長線上に、自分が教師であることの意義という発想が生まれてくることなど、その時には思ってもみなかった。
 自分が教師であることの意義を考えるようになると、教師であることへの執着が急に薄れていくことを感じた。
――冷めてきた――
 と言ってもいいだろう。
 あれだけ教職に就くということを目指すようになって、その目標に向かって一心不乱であったことで、余計なことを考えず、余計な力を入れないことが順風満帆だった秘訣だということに、この時初めて気づいたような気がした。
 順風満帆というのは、まわりを見て見ぬふりをすることでもあり、まわりの影響を受けないように、自らがまわりを遮断する対応を取っているということである。順風満帆という言葉を手放しにいいことだと思っていた自分が、本当に自分なのかと疑問に感じてしまうほどで、教職に対してすら、疑問を抱くようになった。
――あれだけ何年もの間、疑問に思うこともなくやってきたのに――
 と感じた。
 そういえば、一体どうして教員になろうと思ったのかということすら、過去の記憶として封印してしまったような気がしていた。それは忘却の彼方に追いやってもいいと思うくらいの記憶に残らないものだったと言えると思ったからだ。
 もちろん、きっかけはあった。だが今から思えば、教師になろうという意識を持つまで、何に対しても興味を持つことのなかった自分がいたということを認識している。今でも何かに興味を持つということに関してはあまりないのが自分の性格だと思うようになっていた。
 教師になろうと思うようになって、
――俺は変わったんだ――
 と感じた。
 その思いは結構強かったように思う。それまでの自分を閉鎖的で暗い人間だと思うことができるようになったくらいだからだ。
「人というのは、よほど自分が変わらなければ、それまでの自分がどんな人間だったのかということを理解することはできない」
 と、高校の先生に言われたことがあったが、まさにその通りだと思った。
 自分が教師を目指すようになったことで、過去の自分を顧みることができ、過去の自分をまるで反面教師として見ることができると思うようになった。
 矢吹は自分が教師であることの意味を、最初から考えていなかったのかも知れない。
「教師になりたい」
 という目標はあったとしても、
「どんな教師になりたい」
 というビジョンがハッキリしていなかったことは後になって分かったことだ。
 そうなってしまうと遅いというのが本当のところであろう。教師になりたいということだけを考えていると、
「教師になることがゴール」
 と思ってしまう。
 教師になってしまうと、満足してしまって、そこから先の目標をなかなか立てることができず、気持ちが中途半端になるだろう。いや、中途半端だったからこそ、教師になることをゴールとしてしまい、なってしまってからが暗中模索になってしまうのだった。
 自分の教育方針と、実際の教育現場ではまったく違っていた。
「理想と現実」
 その違いの大きさに矢吹は閉口してしまった。
――俺が教師なんかやっていていいのか?
 そのうちに自問自答を繰り返すようになり、自分が何をやっているのか分からなくなった。
 不登校に引きこもり、苛めに授業のボイコットなど、日常茶飯事。表に出ていることを解決するだけでも大変なのに、表に出てこないことの方が深刻だというのも、世の常というもおのだ。
 細かい事件が絶え間なく襲ってくる間に、重大な事件が発生した。それまでは事件と言っても万引きだったり喧嘩だったりと、警察沙汰を大事件だと思っていたのだが、それどころではなかった。
 矢吹のクラスの女子が自殺をしたのだ。
 その遺書には、矢吹のことを好きになり、矢吹と付き合ったが、最近は冷たくなったという内容の遺書だった。まったく身に覚えのないこと。言い訳をしたが、誰も信じてくれない。PTAは逆上し、同僚の先生も言葉では信じているとは言っているが、その視線は完全に推定有罪の目で見ていた。言い訳をすればするほど立場は悪くなり、完全に四面楚歌に置かれた。
 生徒たちの目は教師を見る目ではない。もっとも、それまでも自分を教師という目で見られていたという意識はなかったので、それはどうでもいいのだが、それまでどうでもいいと思っていた視線を怖いと感じるようになると、被害妄想に苛まれる毎日を過ごすのは、苦痛以外の何物でもなくなった。
――俺はどうしたらいいんだ?
 あれだけ目指していた教師だったのに、いつの間にか理想と現実の壁を感じるようになったかと思うと、追い打ちを掛けるような自殺事件。
 いや、追い打ちではなく、とどめを刺されたと言った方がいいだろう。もう、自分の居場所は学校にはない。教育の場にはいてはいけないと思った。
 矢吹は辞表を書き、教師を辞めた。二度と教師はやりたくないという思いを辞表に込めて、最後になる学校の校門を抜けた。
――俺は生まれ変わったんだ――
 何に生まれ変わったのか分からないが、そう思わないと自分が浮かばれないと思った。
 自殺をした女子生徒がどういう気持ちで自殺をしたのか分からないが、完全に自分は巻き込まれた気分だ。本当に自分のことを好きだったのかも知れないが、そんな素振りを感じなかった。ひそかに思い続けた最後に自分をまき沿いにして自殺をするなど言語道断でしかない。
 矢吹は彼女をかわいそうだなどとは思わない。どんな理由があったにせよ、何も関係のない人を巻き込むのはあってはならないことだと思った。
 今まで生きてきて、これ以上ないという理不尽さを思い知らされ、目標を失った矢吹は、そう簡単に立ち直れるわけはないという思いを持ったまま、それでもこれからどうすればいいのかを考えなければいけなかった。
 しばらくの間は何も考えられなかった。無理もないことだ。まわりから受けた無言の攻撃、叱責する視線、自分を全否定された気分だった。
 だが、そんな気持ちも時間が解決してくれる。その思いだけを持って、何も考えられない時期を矢吹は過ごした。
――しょせん、教師など俺には似合わない――
 と思うようになった。
作品名:意識が時間を左右する 作家名:森本晃次