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意識が時間を左右する

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「そのどちらでもあると思うんだ。俺に対してずっと無関心で来た娘がどんな心境の変化なのか分からないが、同窓会という俺ですら久しぶりの連中に会う場所に赴くというのは、娘がどんな思いになるのか疑問だろう?」
「確かにそうだよな。でも、娘を皆に知られたくないという思いは、お嬢さんに何か問題でもあるのかい?」
 坂田はやはりそちらの方が気になるようだ。
「そういうわけではないんだが、皆が娘をどんな目で見るかが怖い気もするんだ。皆は俺の学生時代しか知らないだろう? だから余計に好奇の目で見ると思うんだ。娘のようにまだ若い女の子にまったく知らない人のそんな視線を浴びると思うと、少し怖いんだよな」
「それは、親バカじゃないのかい?」
「そうかも知れないが、何か不安なんだ」
「だけど、それは娘さんが感じる思いというよりも、星野自身の中で、娘さんがどんな顔になるかを想像できないことが怖いんじゃないかい?」
「うん、それが親バカと言われるゆえんなんだろうな」
 と星野はそう言って、少しうな垂れた。
「大丈夫だ。心配することはない」
 そう言って、坂田は楽天的にそう答えた。
 そのうち、少ししてから一人の女の子が、彼氏と思しき男性を連れて現れた。その男性は彼女よりもかなり年齢が上に見えた。年齢的には四十代くらいであろうか?
「こんにちは」
 その男は少しハスキーな声で答えたが、男性が聞いてもドキッとするほどの美声だった。よく見ると野性的に見えるその顔の奥には、配列の整った顔の部位から、
「若い頃は美少年と言われていたのではないか?」
 という様相だった。
「この方は?」
 星野の声は震えていた。
「彼氏」
 そう答える娘の顔を覗き込んだ矢吹は驚愕した。
 そこにいるのは、この間知り合った綾香ではないか。数日前に喫茶店で話をしただけだったが、あの時には彼氏がいるような素振りは感じさせなかった。今日はあの人は少し違い、化粧も施していて、いかにもデート中というイメージを漂わせていて、相手の男性はそんな彼女の横にいるだけで、余計なことを話す雰囲気はなかった。
「星野。この方がお前のお嬢さんなのかい?」
 と坂田が聞いて、
「ああ、そうだ。娘の綾香だ」
――やはり、あの時の綾香ちゃんだ――
 と矢吹は間違いないと思った。
「お前はこの人と付き合っているのか?」
「ええ、この間知り合ったんだけど、この人といると、私が成長できる気がするのよ」
「まさか結婚なんか考えているわけではないよな?」
 いきなり結婚というワードが星野の口から出てきてビックリしたが、親とすればそれも仕方のないことなのかも知れない。
「そこまではまだ考えていないわ。私は今、この人の過去に興味があって、遡っていく過去に興味があるの」
「どういうことだい?」
「この人自身は、自分のことでは時間に逆らうことはできないでしょう? でも、私は逆に時間を遡ることしかできないの。そこでお互いに歩み寄ることができて、接点を見つけることができれば素晴らしいことだと思うの。そんなことを彼は私に教えてくれたのよ」
 と綾香は言った。
 矢吹は、この間綾香と話をした時、彼女が似たような感覚になっているのを分かっていたような気がした。
「この人はまだこれからの人だと思うの。ひょっとするとこの時代で輝くには私の存在が必要なんじゃないかってね。そして彼が輝くと、私も同じように輝くの。彼の光を浴びて輝くことができれば、それはそれで素晴らしいと思うの」
「どうしてそんな風に思うんだい?」
「私は文章を書くことが好きなの。自分で描いたイメージが文章になる。最低限の法則やマナーさえ守れば、自分の世界をいくらでも形成することができる。それを実現するには、私が他の人を輝かせる素材である必要があると思うのね。だから私はこの人とお付き合いをして、自分というものを見つけたいのよ」
 それを聞いて星野は黙り込んだ。
「でも、どうしてこの場所でわざわざそれを言う必要があるんだい? お父さんと二人きりの時か、彼を交えた三人だけでもいいんじゃないのかな? それとも俺たちに証人になってほしいという思いがあったのかな?」
「そういうわけでもないんだけど」
 と言って綾香は矢吹を見た。
「お父さんが今日、同窓会に出席をすることは知っていたの。そして矢吹さんが今日、ここに来るということも、この間のお話で分かっていたのよ」
 あの時、綾香と同窓会の話まで調子に乗ってしたのかも知れないが、今となっては、矢吹も覚えていなかった。
「矢吹は娘を知っているのかい?」
「ああ、この間、偶然入った喫茶店で話をしたんだ。ライターになりたいということで、フリーライターの俺と話が合ってね」
「あの時の矢吹さんのお考えを聞かせていただいて、私は感心しました」
 あの時どんな話をしたのか覚えていないが、自分の中で想像しただけだと思っていたことも口にしていたのかも知れないと思った。
「彼ね。矢吹さんに似たところがあるの。話をしていると、矢吹さんとお話をしているような錯覚を覚えるくらいにね」
 そういう話を聞くと矢吹は思わず彼の顔を見た。
――そういえば、俺の四十代前半って、こんな感じだったような気もするな――
 と思った。
「そうか、綾香は彼に十年くらい前の矢吹を見たんだな?」
 と星野は言った。
 星野は何かを悟ったような気がしていたが、矢吹には半分分かった気がしたが、半分はどこか煮え切らない気分がした。
 その時、
「矢吹さん、お久しぶり」
 と言って、一人の女性が声を掛けてきた。
 彼女は同窓会にはふさわしくない若い年齢だったが、
「私を覚えていないの?」
「えっ?」
 その人の年齢はそろそろ三十歳くらいと言ってもいいだろうか?
 少しあどけなさの残る笑顔にえくぼが浮かんでいる。それは懐かしさで胸がキュンとなるくらいだった。
「確か、もう十年ぶりくらいになるのかな?」
 まわりのメンバーはキョトンとしているが、星野だけは何か信じられないという表情だった。
「綾香……」
 星野はボソッと呟いた。
「えっ?」
 それを聞いた矢吹は一瞬目に閃光が走ったかと思うと目を閉じた。目を開けた瞬間、自分が若返っているのを感じ、目の前の女性が誰だったのか思い出した。
――あれも確か喫茶店で一人窓の外を眺めていた時、俺の視線に気付いて入ってきてくれて、話をしたことがあったあの時の女性――
 十年という時がまるで昨日のことのように思い出された。次の瞬間には無限の可能性を秘めているこの世界で、十年という気が遠くなるような時間を巡らせることで舞い戻ってきた可能性の合致、矢吹はそう感じた。
 目の前の彼女はもちろん、綾香ではない。そして、綾香と一緒にいる男性は十年前の自分でもない。時間の歪みがもたらした偶然による偶然。
「人の意識が時間を左右するという瞬間が存在するのだ」
 それが偶然という言葉の定義なのだと思うと、この現象は決して不思議なことではないと矢吹は思った。
 矢吹は同窓会の会場を一瞥した。
作品名:意識が時間を左右する 作家名:森本晃次