意識が時間を左右する
「そうじゃないさ。今こうやっている次の瞬間にgは無限の可能性が秘めている。それをどう進むかが違っているだけで、それをパラレルワールドというのではないかな・ つまりは今こうやって話をしていても、次の瞬間には、今まで違う次元にいた相手と話をしているということになる」
「そんなことってありなのかな?」
「ありなんじゃないか? 次元が違っても同じ人間なんだ。同じ人間は一つの並列した時間では多次元で存在することができないと考えると、十分に理屈としては成立するのではないか?」
と言われた。
「そんなに都合のいいものなのかな?」
「世の中には理屈で片のつかないことは多いだろう? それは限界のある考えをしているからさ。つまりは人間には限界があるということを誰もが暗黙の了解で理解しているからではないか」
と言っていた。
これはかなり昔に聞いたことだったが、改めて思い出すと、その発想はありえないことではない。むしろ今考えている発想の根源は、あの時のこの話にあったのだと思うと、何となく理解できる気がした。
矢吹はフリーライターになって野性的になった。それまでの自分が閉鎖的な考え方を持っていたことを自覚するようになったのだが、だからと言って、それからの自分が開放的になったというわけではない。むしろ、自分の殻に閉じこもったと言ってもいいくらいになっていた。
それまでと違って行動パターンも変わっていた。それまではあまり行ったことがなかったスナックにも顔を出すようになり、馴染みの店のママさんとは昵懇の中になった。今思い出す昔に聞いた話のほとんどは、その時スナックで聞いた話がほとんどだったような気がする。
そういえば、そのスナックの中で、一人の老人がふらっとやってきたことがあった。その老人はその時だけにしか会ったことはなかったが、ママに聞くと、
「時々来ているわよ。でもなぜか矢吹さんとは会うことがないの。まるでどちらかが避けているかのような感じだわ」
それを聞いた時、
「まるで磁石の同極が反発しあうような感じだな」
というと、
「まさにその通りよ」
と言われた。
その老人の話で気になったのは、
「この店では、時間の流れが他とは違っているんだよ」
「どういうことです?」
「ここでは時間の流れが表に比べれば早いのさ。だから、ここでは私はみすぼらしい老人になっているけど、表に出るときっと君には私を見つけることはできないんじゃないかな?」
と言って笑っていた。
「じゃあ、俺もあなたには分からないんでしょうね?」
と聞くと、
「そうかも知れないが、どうでもないかも知れない」
と、曖昧な答えになった。
矢吹はそれに対してそれ以上触れることはなかった。どこかバカバカしいと思いながらも、この妙な話をいずれ思い出すことがあるような気がしたからだ。
――この話は、明日になったら忘れている――
まだそんなに物忘れの激しくなかった頃なので、翌日に忘れるということはあまり考えられなかったが、その時には確かにそう感じ、実際に翌日には忘れてしまっていたことを思い出した今、感じたのだ、
この同窓会の中にも、同じような思いをした人がいるような気がしたが、あるとすれば星野ではないかと思った。星野には、どこか他の人と違っているような気がした。最初に話しかけてくれたからそう思うのかも知れないが、それだけではないようだ。
彼は地元大手の営業部長にまでなった男なので、人に気を遣うことには長けている。しかし、彼が矢吹に対しての態度には気遣いというよりも、矢吹の本性を垣間見ようという貪欲さが感じられた。貪欲と言ってもそれほどドロドロしたものではなく、
「分かりたい」
という気持ちが前面に出ていることが一番だった。
坂田は喫茶店を開いていると言っていたが、それは親の残してくれた店を継いだということだった。星野はその店の常連らしいが、一度二人で坂田の店に行ってみようということになった。坂田は数年前に奥さんとは離婚していて、子供もいない。一人で孤独だったということを星野から聞いたが、境遇の違いから、矢吹にはその気持ちを分かりかねていた。
矢吹は最近感じたことを星野に話した。ロボット工学のことやパラレルワールドなどの話をすると、星野は結構乗ってくれた。坂田も隣で話を聞いていたが、次第についてこれなくなってしまったのか、露骨に挙動が不審になってきた。同じことを繰り返してみたり、矢吹にとっては、逆にその行動は自分が観察するには、いい材料のように思えたくらいだった。
星野は話を聞いて、
「それはもっともだ」
と感心してくれた。
どうやら、彼も同じようなことを考えることが多かったようで、それだけでも今日矢吹を会えたことを喜んでいるようだった。
――一人でも喜んでくれてよかった。来た甲斐があったというものだな――
と感じた。
「少し待ってくれないか?」
と言って、星野は少し中座した・
矢吹と坂田はたいして気にすることもなく会話を楽しんでいたが、ほどなく星野が帰ってきて、
「娘と電話していたんだ」
と星野は嬉しそうに言った。
矢吹は反射的に坂田の顔を見た。坂田は離婚経験があり、子供がいなかった。もし子供がいたら、露骨に嫌な顔をするのではないかと思ったが、子供がいないだけにその心境は微妙で、どのようなリアクションをするのかは心配だというよりも、興味があったという方が強いだろう。
矢吹の興味に対してさほどの反応を示さなかったことで、ホッとした矢吹だったが、反応を示さないということは無表情だったということであり、坂田の本心がどこにあるのか分からないだけに、不安にも感じていた。
「お嬢さんは何て?」
少ししてから声を掛けたのは坂田だった。
時間が経ってしまうと少し精神的に落ち着いたのか、様子を聞いてみた。星野の様子からは、嬉しそうな表情は電話をしにいく最初だけで、後はなるべく気持ちを顔に出さないようにしているのか、少し難しい表情になっていた。
「ああ、もう少ししたらここに来るっていうんだ」
「それは一緒に帰ろうということなのかな?」
と矢吹がいうと、
「そうなのかも知れないな」
と星野が答える。
星野の様子が少し変わってしまったことを不思議に感じた矢吹は、この話題をここで終わらせてしまってもいいのかと思った。
「今まで娘は俺に対してほとんど関心がなかったんだ。今日電話をしたのは、娘から会の終わり頃に電話がほしいと言われたからであって、最初は何か怖い気がしたが、それ以上に娘の言葉が嬉しくて、手放しとはいかないが、まずは素直に喜びたいと思ったのが、さっきの俺の顔だったんだ」
「でも、今は少し複雑な表情になっていないかい?」
と坂田がいうと、
「ああ、そうなんだ。まさか娘がここに来るなんて言うとは思っていなかったので、少し戸惑っている」
「それは、お嬢さんを皆に知られたくないからなのかい? それとも、皆をお嬢さんに見せたくない?」
と今度は矢吹が聞いた。
作品名:意識が時間を左右する 作家名:森本晃次