意識が時間を左右する
星野が入ってくると、それまでバラバラだったメンバーが少しずつ狭まっていき、誰も会話をしようとしなかったのに、星野に対して話しかけるようになった。
――そういえば、あいつのまわりにはいつも誰かがいたような気がするな――
彼が気を遣う性格だということもあるが、星野が一人でいるところを想像することができないというほど、彼のまわりに人が集まるのはお約束のようなものだった。
星野は相変わらず饒舌で、数人しかまだいないにも関わらず、笑い声が響き始めた。矢吹はそんな輪を遠めに見ながら、ひとり佇んでいたが、そのうちに次第に人が集まり始めて、時計を見ると、もう集合時間になっていた。
幹事が、
「今日はお忙しい中お集りいただきありがとうございます。まだ来られていない方もおられますが、時間になりましたので、そろそろ始めたいと思います。皆さん、目の前にあるグラスにビールを注いでください」
と言って、皆の用意ができるのを待った。
「それでは始めたいと思います。今年も皆さん元気に集まることができて感謝です。では乾杯」
という合図とともに、
「乾杯」
という言葉が響いて、同窓会がスタートした。
始まると同時に、蚊帳の外だったはずの矢吹のもとに、さっきまで輪の中心にいた星野がビール片手にやってきた。
「久しぶりじゃないか、矢吹。ずっと見かけなかったので心配していたんだぞ」
と言われた。
「あ、ああ。なかなか敷居が高くてな」
というと、
「そんなことはないさ。お前が勝手に高くしていただけだろう?」
「もっともです」
と言って会釈すると、そこで二人は笑顔になった。
星野との再会の挨拶はそれで十分だった。星野は本当に学生時代からまったく変わっていない。老いてしまったのは仕方がないが、少年がそのまま老人になったという感覚だった。そういう意味では違和感があった。女性からよくモテるという印象があった彼は、まるで太陽のような存在だったからだ。
そのことを言うと、
「何言ってるんだ。お前だって結構モテてたじゃないか。知らないのか?」
「えっ、この俺が?」
「ああ、そうだよ。お前を好きな女子は結構いたと思うぞ。ただそんな女子に共通しているのは内気で晩生な人が多かった。だから告白はしてこなかったんだろうがな」
「そうなんだ」
矢吹は学生時代の自分が嫌いだった。今よりも痩せていて、本当に自分は男なのかと思うほどひ弱で、実際にもオンナなのではないかと思うほどだった。そんな自分を矢吹は大嫌いだった。自分が女なら、決してこんな男には惚れることはないと自信を持って言えるほどだったからだ。
今となってはもったいないことをした。普段だったら、そんなことを言われても過去のことであり、いまさらどうにもならないことは分かっているので、もったいないとか後悔をすることはなかっただろう。しかし、同窓会というほぼ初めてのシチュエーションで、しかも相手が歳を取ったとはいえ星野から言われたということで、後悔し始めている自分を感じた。
その感覚はまるで高校生に戻ったかのような気分で、どうしてそんな気分になったのかまわりの雰囲気もあるだろうが、一番の原因は高校時代とまったく変わっていない星野に言われたからではないかと思えた。
――ひょっとして俺が妬まれていたりしなかっただろうか――
と思うと、話をしていてくすぐったい気分にもさせられた。
「おい、矢吹」
星野との会話に没頭していた矢吹に、ふいに声を掛ける人がいて、ビックリして振り向くと、そこには年相応のおじさんが立っていた。
面影はある気がしたが、誰なのか思い出すことができずにボンヤリしていると、
「忘れちまったのか? 俺だよ俺」
その馴れ馴れしさには覚えがあり、
「坂田なのか?」
「ああ、そうだ。坂田正彦だ」
と言って、何の根拠もないのに胸を張って見せた。
「おお、坂田。久しぶりだな」
と星野が言った。
「そうだな、おの三人で一緒にいることが多くって、よく先生からも、何とか三人衆と言われていたじゃないか」
矢吹はそれを聞いて、何三人衆と呼ばれているのかを思い出したことで、この二人と結構一緒にいたのを思い出した。坂田が三人衆の言葉を濁したのは、いまさら恥ずかしい言葉であるということで、高校時代なら許されたんだろうと感じた。
矢吹は二人を見て、星野は昔とまったく変わらずに大人になった感じであり、坂田は昔と雰囲気は変わらないが完全におじさんになっていた。それはやつが今の自分をいつも最大に表に対して表現していたからだと、今の彼を見て思う。本当は学生時代以来なのに、どうしてそこまで感じるのかというと、それが同窓会のマジックなのではないかと思うからだった。
――どうして今まで参加しなかったんだろう?
という後悔もないわけではなかった。
しかし、数十年ぶりに出会うからこそ感じることもあると思うと、やはり新鮮さという意味で、この時を味わうことができることに感謝すべきなのだろうと感じていた。
同窓会の案内が来て、同窓会に出席するまでにいろいろなことが頭を巡った気がした。難しい話もさることながら、普段から考えてはいたが結論なんて出るはずもないと思っていたことを立て続けに考えた。その中で出たわけではない結論ではあるが、その思いがどこかで繋がっているという感覚に襲われた。そのキーを握っているとすれば、
「綾香との出会いではないか」
と思っている。
綾香とは連絡先を聞いたわけではないので、もう一度出会えるという保証はない。喫茶店に行けば出会えるのだろうが、まるでストーカを思わせ、戸惑っている。ただ、それも自分が高校時代に戻ったかのような錯覚を覚えているからで、別に客としていく分には何ら問題はないだろう。矢吹の印象でも、
――彼女は、また俺に会いたいと思ってくれているように思えたんだよな――
と感じていたからだった。
もちろん、根拠があったわけではないが、話が途中で終わったような気がしていたからだ。
――いや、途中で終わったわけではなく、次回を想像させる会話だったというだけのこと――
と思っている。
――この同窓会も、明日になれば、ただの一日だったという感覚になってしまうのだろうか?
と矢吹は感じ、せっかく新鮮で懐かしい気持ちが萎えてくるのを感じると、自分が何事にもマイナス思考で、あるにも関わらず、まったくナーバスな気分になっていないことから、
――俺は本当に歳を取ってしまったんだな――
と感じた。
学生時代からまったく変わっていないようい見える星野と、それなりに変化を感じながら、面影を残したまま、年相応に変わってしまった坂田。自分がこの二人から今、どのように思えれているのかを考えると、二人の視線が少し怖い気がして、ゾッとした気分になっていた。
矢吹は先日出会った綾香のことを思い出していた。彼女は矢吹にとって子供と言ってもいいくらいに若い。それまで自分を年相応であり、年齢を意識しないことが今の自分の立ち位置のように思っていた。
作品名:意識が時間を左右する 作家名:森本晃次