意識が時間を左右する
当事者の家族が誹謗中傷を受けるということが分かっていて、いや、その誹謗中傷を与えているのが自分たちになるかも知れないということを、誰が自覚していただろうか。ドラマを見て、
「かわいそう」
と感じた人が、スキャンダルが実際に起こると、自分たちが誹謗中傷をぶつける人間側になることだって大いにあることだ。
それはきっと、
「他人事だと思ってしまえば、何をやっても許される」
という思いが心のどこかにほんの少しであってもあるからなのかも知れない。
自覚していない人もいるだろう。いや、ほとんどが自覚していないに違いない。そうでなければ、ドラマを見て、
「かわいそう」
と思った人が、今度は誹謗中傷を浴びせる側に立つことにはならないだろう。
そう考えると、今度はもう少し立ち入った発想になってきた。
マスコミ批判になるだろうから、声に出しては言えないが、
「ドラマ自体に責任はないのか?」
ということである。
ドラマというのは、当然フィクションである。登場人物や事件などは架空の話として書かれているだろう。もちろん、題材になる何か特定の事件があってのことなのかも知れないが、ドキュメンタリーにしてしまうには、そのことが完全に表に出ていて、例えば誹謗中傷を受けた人が自殺などして、社会問題にでもならなければ、確固たる証拠もないのに、公共の電波に乗せることはできないはずだ。
それを思うと、最初からドラマはフィクションであり、見る人もそのつもりで見ているので、ドラマ自体が、
「他人事」
なのだ。
それなのに、
「かわいそうだ」
と思う。
それは日本人独特の判官びいきという、被害者や気の毒な人を美化する傾向に昔からあるからではないだろうか。
そう思うと、ドラマ自体が他人事になり、その時点で、他の似たような事例とはまったく関係のないものになってしまう。
だから、
「かわいそう」
という言葉の乾ききらないうちに、何も確固とした事実があるわけでもないウワサに過ぎないスキャンダルに対して、簡単に誹謗中傷をぶつけることができるのだろう。
しかも、世の中には自分の中にストレスた不満を抱えて過ごしていない人などいないと言われるくらいだから、何かがあれば、
「俺の方がまだマシなんだよな」
と、自分と比較して、悲惨な人を見下すことで、自分の情けなさを見て見ぬふりをするという傾向にもある。
誹謗中傷というのは、自分のストレスの発散という、自己中心的な考えが根底にあるのではないだろうか。
それが今の世の中というものである。
ここで何を言おうが、一人の人間が何を言おうが解決できることでもないが、他人事と思っている以上は何も解決しないに違いない。
ただ、
「もし、それで世の中の歯車が回っているとすれば」
と考えれば、むやみにそれを壊すようなことをしてもいいものだろうかとも思う。
なぜあら何が正解なのかということは誰にも分からないからだ。
一人を助けることで、誰か他の人が不幸になることだってあるだろう。助けただけで不幸になった人のことをまったく知らないでいれば、それは
「正義感をひけらかして自己満足に浸っているだけ」
ということにならないだろうか。
これも、不幸にされてしまった人からすれば、
「いい迷惑」
である。
世の中にはいろいろな生命が生きるために避けて通ることのできない「循環」がある。その一角を崩せば、すべての歯車が狂ってしまうだろう。だから、世の中には、
「触れてはいけないアンタッチャブルな領域」
が存在すると言っても過言ではないだろう。
そんないろいろなことを考えながらの出勤は、今に始まったことではない。特に毎日同じ電車に乗って同じように出勤しているわけではなく、たまに乗るくらいなので、新鮮な気分になる代わりに、いろいろなことを考えてしまうのだろうと思っていた。
この日は、あまりいいことを想像していないようだった。考え事をしているという意識を持たないような時はたいていあまりよくない発想をしている時が多いのだが、その時のテーマはそれほど何かがあるというわけではないようだった。
しかし、この日は自分の中でハッキリしていた。
「悪循環」
これがこの日の想像のテーマのようだった。
悪い方に考えてしまうと、そこから逃れられなくなってしまうというのはよくあることだ。一種の呪縛とでもいえばいいのか、悪い方に考え始めればそちらにしか目を向けることができなくなってしまい、抜けられなくなってしまう。要するに視界が狭くなってしまうのだ。
それを、
「負のスパイラル」
という時もある。
特に悪い方に考え始めてそこから抜けられなくなるというのは、精神的な面では、鬱状態に陥る時だと言えるのではないだろうか。矢吹は今までに鬱状態に陥ったことが何度かあった。学生時代に何度かあり、
「このままずっと続いたらどうしよう」
と思ったこともあった。
卒業してからは忘れた頃に襲ってくるようになったが、久しぶりということもあって、忘れた頃に襲ってきた方がきつかったような気がする。
「慢性化してしまう方がいくらか楽ではないか」
と思ったこともあったが、それは妄想だったに違いない。
ただ、鬱状態に陥った時というのは、必ずと言っていいほど躁状態と背中合わせだったように思う。鬱状態が終わったから躁状態になるのか、躁状態に終わりがきたから、鬱状態に陥ってしまうのか分からないが、そのどちらへの移行の時も、いつも前兆を感じていた。
一番最初に躁鬱を意識したのは、中学の頃だっただろうか。あれはちょうど自分が成長期に入ったという意識が芽生えた頃であって、躁鬱という言葉は聞いたことがあったが、まさかそれが躁鬱だったなどということ、さらには自分が躁鬱状態に陥ることになるなど、想像もしていなかった。
最初にやってきたのは鬱状態だった。断っておくがあくまでもこれは矢吹自身が感じたことであって、同じように躁鬱を味わったことのある人がまったく同じだということはないだろう。少なくとも個人差があり、感覚も違っているに違いない。もっとも他の人に相談したこともなく、もし相談したとしてもその人には躁鬱状態を味わったことがあるとは限らない。
「だから誰にも相談しなかったんだ」
と矢吹は思っている。
もし、躁鬱状態にある人に相談したとしても、個人差があるだろうから、その人だけの意見が果たして自分に当てはまるかどうか分からない。だから相談しなかった。
他の悩みであればきっと打ち明けていたに違いない。特に恋愛感情に関しては友達にいろいろ相談していた。失恋した時にもよく相談したが、これは、
「誰かに聞いてもらいたい」
という思いからであり、一人になるのが怖かったという意識が強く働いていたのは間違いのないことだった。
最初に鬱状態に入った時は、さすがにそれが鬱状態だという意識はなかった。だがいつもと違う何かを感じたのは間違いない。そして、予感があった。
「何をどう感じようとしても、悪い方にしか考えることができなくなるんじゃないか」
という思いである。
作品名:意識が時間を左右する 作家名:森本晃次