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意識が時間を左右する

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「はい、やはり就職するというのは、それだけ難しいという意味なんでしょうが、大人の世界の表と裏を分かっていないと、後悔することになると思うんですよ。安定した会社がいいのか、あるいはやりがいのある仕事がいいのか、そう思いながら自分に合った無理のない仕事をとも考えるんです。さっきも言ったように、一生の仕事ですからね」
「その通りです。綾香ちゃんはなかなかよく変わっているような気がするよ。就職するにはそれなりの覚悟もいりますからね。それまでの何でも許されると一般的に言われている学生時代から、急に厳しい社会人になるんだから、仕事をするというだけでも精神的にきついところに持ってきて、人間関係であったり、まわりの忖度であったりと、いろいろ出てくるからですね。そういう意味では就職活動というのも運だったりもします。いろいろ考えて前に進むのは大切なことだとは思いますが、考えすぎて堂々巡りを繰り返すようにならないことを、私は祈りますね」
 と矢吹は答えた。
「ええ、その通りだと思います。そういう意味で、まずは就職の足掛かりとして、自分のやりたいことを目指すには、いろいろな情報を得るところから始めるべきだと思ったんです。それで矢吹先生にいろいろお聞きしたいと思いまして」
 という綾香に、
「先生なんておこがましいな」
 と矢吹は笑いながらテレていた。
 その姿を見ながら綾香は、
「そんなことはないですよ。矢吹さんは元々教師だったんでしょう?」
 という綾香を見て、今テレ笑いをした矢吹は急に真顔になった。
――知っていたんだ。どこにも僕の情報は載せていなかったはずなのに――
 と、感じた。
 その理由はその後すぐに綾香から聞かされたが、その時はそのことに言及するつもりはなく、すぐに笑顔に戻った矢吹だった。
 矢吹の方はどうして知られていたのかは疑問であったが、そのことを理由に話をはぐらかそうとまでは思わなかった。むしろ教師というワードが出てきたのだから、教師という目線から話をしてもいいと思った。過去に因縁があった職業ではあるが、それは何十年も前のこと、わだかまりが残っているわけでもないし、教師をしていたことを、いまさら後悔もしていないからだ。
「教師という職業なんだけど、僕は嫌いではなかったんだ」
 というと、
「でも、今の仕事の方がいいと思っていらっしゃる?」
「ええ、その通りです。僕はきっと人にいろいろ教えるというよりも、自分が何かを作って、それを人に知らせるという方が向いているのではないかと思うんです。言葉に発することも大切なのかも知れないけど、文章で伝えるということに嵌ってしまうと、まるで天職のように思えてくるから不思議ですね」
「矢吹さんは、本当のクリエーターなのかも知れませんね」
「そうかも知れないです。会話で相手を納得させることも、もちろん大切なことだと思いますが、文章にすることで、抑揚がない分、何が大切なことなのかを相手に感じさせなければいけない。それがライターの難しさであり、醍醐味でもあると思っているんですよ」
「確かにそうかも知れませんね」
「教師という職業は、生徒に勉強を教えるのももちろんなんですが、本当は生き方などというものを教えるのも必要なんじゃないかって思っていたんですよ。でも、教師と言ってもしょせん、まだ生き方の途中じゃないですか。極論を言えば、生き方に悟りのようなものを開いた人でなければ教師なんて務まらないと思ったこともあったけど、でもそれは教師が『教える』ということを根拠に思っているからそうなんでしょうね。もし『人生の先輩』というくらいに思っていたら、少しは違うのかも知れませんね」
「つまり生き方を教えるのに、悟りを開く必要もなければ、人生の先輩でもいいと?」
「ええ、もちろん、そうではないという考えもあります。でも押し付けになってしまうと、必ず反発もあるということですね」
「その通りかも知れません。でもそこがまた難しいところで、自分を人生の先輩と置いてしまうと、相手と同等の立場だと思い込んでしまって、本当に相手のためにならなければいけない立場にいる時に、言い方は悪いですが、逃げの体勢に陥ってしまうこともあるような気がするんです。そうなると難しいところも出てきますよね」
「そうかもですね。だから、そういう意味でも教師は自分の立場や相手とどう向き合うかというのが大切なんですよ。そこに情もあれば、忖度もあるかも知れない。いろいろな立場上の考えが交錯して、いかに前を向くかで、教育というものが形になるんじゃないでしょうか?」
 矢吹はそう言いながら、自分が悦に入っているのを感じた。
 そんなつもりで話をしているわけではないと思っていたのに、自分が本当に何を言っているのか、次第に分からなくなっていた。
「ところで、綾香ちゃんは、どんなライターになりたいって思っているんだい?」
 矢吹は敢えて漠然とした質問をして、話を逸らそうと思った。
 普段であれば、いきなりこんな漠然とした、しかも話の根本をいきなりつくような言い方はしないのだが、やはり教師という話題から逸らしたいという意図が矢吹の中にあったからであろうか。
「私は、さっきも言ったように、最初は文章が書ければどんな職業でもいいって言ったでしょう?」
「ええ」
「結局最後はそこに戻ってきたんですよ」
 と、綾香は平然とした顔でそう言った。
「というと?」
 矢吹にはその気持ちは分かった気がしたが、それでも彼女の口から聞いてみたい気がした。
 もし自分の考えと違っているかも知れないが、話を聞いているうちに、最後には自分と同じ考えに行き着くのではないかと考えたからだ。
「私は最初に何でもいいと思った時、不謹慎だって思ったんですよね。だって一生の仕事にしようと思っていることを何でもいいなんて思うんですからね。それは、まわりを見て皆が一生懸命に職を探しているのを見ると、もし自分がやりたいと思っている仕事以外についた時、どう考えるかと思うと、考えが及ばなかったんです。きっと妥協して仕事をすることになるんだろうなってくらいにしか思えなかったんです。そう思うと、何でもいいと思った時の自分と、その時の自分が果たして同じなのかと思うと、まったく違う人間に感じられたんです。それで妥協で仕方がないと思う自分を情けないと思えば思うほど、それなら何でもいいと感じた自分の方がよほどいいと思うと、その時に感じた思いは、失敗をしないことを優先する考えなんじゃないかって感じました。それが私の最終的な考えで、最後には、文章を書けるのであれば、何でもいいという考えに至ったんです」
「なるほど、そういうことなんですね」
「ええ、でも就職してからいろいろ紆余曲折することもあると思うんですよ。それは誰にでもあることであり、少なくとも自分のやりたいと思ったことを職業にできただけでもいいのかも知れないとも感じました。いくら望んでもかなわないことって世の中にはいくらでもある。それだったら、最初から無理をしないで余裕を持って考えられることを優先することで、結果がいい方に向くかも知れないですからね」
 綾香の話を聞いてみると、矢吹は自分の中の何かウロコが落ちたような気がしていた。
作品名:意識が時間を左右する 作家名:森本晃次