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意識が時間を左右する

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 彼女が本当に自分の思いを伝えたい、あるいは分かってほしいと思った時は、必ず相手の目を見て話しをする。それ以外はなるべく相手の顔を見ないようにしている。それが無意識なのか意識的にしていることなのか判断がつかないところであるが、それは生れついてのものというよりも、今までの経験からのものではないかと思ったのは、彼女の持っている目力が、今まで知っている目力の強い女性とは異なるものだったと感じたからであった。
 綾香と一応のアイドルについての話をその後も少ししていたが、疲れたのか、お互いに少し口数が減ってしまった。綾香の方とすれば、思っていたことを全部口にしたから黙り込んだというよりも、自分の言った言葉にいまいち感心できないという思いから口をつぐんだように思えた。
 矢吹とすれば、あくまでも会話の手動は綾香であり、綾香が口を閉ざしたのであれば、また口を開くのを待つばかりであった。
 普段の矢吹であれば、相手が無口になれば自分から話題を探して会話を切ることはなるべくしないように心がけていたが、この日は会話の手動を綾香にあるという思いが強いのだろう。会話を成立させることは二の次に思えていた。
 アイドルなんて今まではまったく別の世界だと思っていた矢吹だったので、綾香がアイドルの話をしているのを聞いてもピンとこなかった。だが、形式的にではあるが、アイドルというものを理解はしているつもりである矢吹には、綾香の話を無視するまではいかなかった。
 しかし、それよりもライターに興味があるという話の方が興味をそそる。そのための前座としてアイドルの話であるとすれば、それはそれで悪くはないことだと思うのだった。
「アイドルを目指そうとしていたのは間違いないの?」
 と矢吹は聞いたが、
「いいえ、そこまでは考えてはいませんでした。いろいろ見ていくうちに最初から自分とは済む世界が違うって思ったんでしょうね。友達はオーディションに応募したりしていたみたいなんですが、私は早い段階から断念しました」
 とアッサリと言った。
「じゃあ、アイドルを目指していたとは言えないんじゃないの?」
「そうかも知れないですね。私も目指していたというのは言い過ぎだと思ったんですよ。しかも、目指していたという言葉を口にしてから急にそれを口にした自分が恥ずかしく感じられたんです」
 という綾香に対し、
「今までにアイドルを目指していたということを口にしたことはなかったんじゃない?」
 と聞くと、
「家われてみればそうなんですよ。今から思うと自分の中で口にすることは恥ずかしいという思いがあって、話題にしなかったのかも知れないですね。実際にはもっと強くアイドルに憧れていた友達がいたので、その友達と比較されるのが嫌だったというのが一番強かったのかも知れないです」
「人と比較されることを気にしているということは、自分がどういう人間かということを確立していないということになりますね。でも、それはまだまだ伸びしろがあるということで悪いことではないですよね。僕は今の年齢であれば、そういう試行錯誤を繰り返すのもいいことだと思うし、いわゆる悩みの一つだと思えばいいんじゃないかって思うんですよ」
 矢吹は話しながら、自分が曖昧なことばかりを言っていることを自覚していた。しかし、年齢という絶対に埋めることのできない差を補うには、そういった曖昧な言葉も話術として必要なのではないかと思った。
 特にいくらでも発想を巡らすことのできる相手に、確定的な話をしても、それは「大人げない」という気分になるのではないかと矢吹は感じた。
「今は僕のようなライターを目指しているのかい?」
 と、矢吹は少し話を変えた。
「ええ、ライターというか、週刊誌などの記事には興味あります。でも、社会派の記事というよりも文化系の記事に興味がありますね、旅行記だったり、食レポだったりなど、まったりとした感じに興味があります」
 矢吹も、元々教師だったこともあり、出版社に出入りするようになった時も、最初から社会部には興味があったわけではない。ただでさえザワザワした雰囲気は、教師を辞めるきっかけになった時を思い出すことから、嫌だった。
 テレビドラマなどで見る社会部の喧騒とした雰囲気、さらに人道的に、
「どうなのか?」
 と思わせる理不尽な会話などを見ていると、それだけで社会部への勤務には気持ちが萎えてしまうのだった。
 フリーであってもライターになれたのは運がよかったと矢吹は思った。
 知り合いに出版社関係の人がいたのも運がよかったというべきだろう。そういう意味では人脈も大切だということを教えられた。
 綾香はその人脈の大切さを知っているから自分を訪ねてきたのかよく分かってはいなかった。だが、どちらにしても自分を訪ねてきてくれたことは嬉しかったし、大人としての対応ができることが新鮮な気がしたのだ。
 取材などで訪れたところでは、自分が下手に出なければいけない立場だったので、アドバイスできる立場にいることにある意味恍惚の気分にさせてくれる。しかも相手が若い女の子という、今までにあまり話をしたことのない人が、相手の方から話しかけてくれるという思ってもいなかったシチュエーションに感動を覚えたのも無理のないことであろう。
「僕も実際に取材ができるようになったのは、入ってすぐではなかったからね。少しの間はアシスタントのようなことをしてから、やっとフリートはいえ、今のお仕事をさせてもらえるようになったんですよ」
「そうだったんですね。でもそれは必要なことだと思います。いつでも勉強だと思えばい
いわけですからね」
 と、綾香は言った。
「綾香ちゃんは、どんなライターになりたいと思っているの?」
「私は最初、文章が書ければどんな仕事でもいいと思っていたんです。でも、それだとせっかく就職するのに、動機が薄いような気がしたんですよ」
「そうですよね。一生の仕事だからですね」
 綾香のセリフに頷きはしなかったが、矢吹は付け足すように話した、
「ええ、一生の仕事を決めるのに、動機というのも大切な気がしたんですよ。最初の心構えを間違えると、思っていたのとは違うことに気付いた時にはもう手遅れになってしまったと感じてしまうと、そこから先はマイナス思考しかできなくなって、元に戻れなくなってしまうんじゃないかって思ったんです」
「なかなか就職活動をしながらそこまで考える人は少ないかも知れないですね。だって、就職することだけでも難しい世の中ですからね」
「そうなんですよ。会社によっては、どんなに学生から人気があって花形である会社だって、就職してから半年の間に八割近くの人が辞めてしまうなんて会社も少なくはないですからね。そう思うと、野党会社の方も、新入社員は辞めていくものだという観念に基づいて、採用枠を最初から多めに見積もっているわけですからね。そう思うと、簡単に割り切れないものを感じます」
「そういう話はよく聞きますよね。それは一会社という場合もあるし、あるいは、その業界すべてに言えることなのかも知れないですしね」
作品名:意識が時間を左右する 作家名:森本晃次