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意識が時間を左右する

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 お互いに思いを告白する前に彼女は卒業し、それ以降、矢吹の前に現れることはなかったので、すぐに彼女を忘れることができたが、今から思えば、彼女の在学中は、彼女の呪縛に掛かっていたかのような錯覚を覚えた。
 ただ、矢吹の中で女生徒との間には、れっきとした結界が存在することを知った気がした。その結界は見えないが絶対に存在している。超えることのできない結界ではあるが、何かのきっかけで敗れることがある。微妙なタイミングによるものなのだろうが、結界が破けたことはその人にとっていいことではなく、災いしかもたらさない。だからこそ、
「破ってはいけない結界」
 と言えるのではないだろうか。
 ただ、その結界を破って悲惨な末路を迎えた人の話はたくさん聞く。そんな人たちの存在がたくさんあればあるほど、影に隠れた、つまりは結界を破ることのできなかった未遂と言える恋愛劇は、その何倍にも及んでいることを示しているのだろう。
 そう思うと、ゾッとするものを感じた。
 別件で教職を追われたが、一歩間違っていると、それよりも前に生徒との関係というご法度にて、教職から追われていたかも知れない。どちらがよかったのかなど今となってはすべてが結果論であるが、矢吹には分からなかった。
 だが一つ言えることは、
「これでよかった」
 と思うことだ。
 もし、女生徒との関係で教職を追われていれば、今のようなフリーライターをやっていたかどうかも分からない。
「フリーライターがベストの人生だ」
 というつもりはないが、少なくとも後悔したことはなかった。
 むしろ天職とでもいえるのではないかと思うほどで、南郷との出会いも実にいいタイミングでの出会いだったと思っている。
 ふと、南郷の顔を思い出していた。
 仕事中、彼がどんな顔をしているのかあまり分からない。なぜなら彼は仕事中は、いつもファインダー越しにこちらを見ているのであって、決して表情を確認することはできなかった。
 ただ彼の撮った写真を見れば、その時の彼の心情は分かる気がする。
――いつも優しそうな写真だな――
 と感じたからだ。
 その写真には包容力のようなものが感じられ、言葉だけの味気なさに、彼の撮った写真が息吹を与えてくれているように思えたからだ。
「やっぱり、写真の効果ってすごいよな」
 というと、照れながら、
「そうだろう。そうだろう」
 と嬉しそうな表情になる南郷を思い出していた。
「君は僕をおじさんとして気になったから、声を掛けたんじゃないということだね?」
「ええ、おじさんがフリーライターだということも知っていますよ。だから興味を持ったと言ってもいいかも知れませんね」
「君はフリーライターに興味があるのかい?」
「私は、元々アイドルを目指していたんです。だけど、途中で週刊誌やワイドショーを見ていて、アイドルに幻滅したというか、自分にはできないことだと思うようになったんです」
「なるほど、確かに週刊誌の記事やワイドショーなどではアイドルに何かあれば、皆で寄ってたかって叩くというのを目の当たりにすると、嫌気がさすのも分かる気がするよ」
「ええ、そうなんです。私には耐えられないと思いました。でも、アイドルが嫌だというわけではないんです。一部のマスコミの過熱が悪いんであって……。しかもそれはマスコミが悪いというより、よくよく考えてみると、それを見たがる世間があるから、商売になっているんですよね。そういう風潮が嫌だと言えばいいんでしょうか」
 綾香の話を聞いていれば、結構深くまで考えていて、
「大人の発想、大人の判断」
 を感じさせた。
 だから余計に可愛げのなさも見ることができ、
――彼女の中にどこか冷めた部分が見え隠れしているように見える――
 と感じさせたのだ。
 最初から矢吹は綾香を一方向から見ていないということを、自覚していたのかも知れない。
「週刊誌やそれを書いている記者に興味を持ったのかい?」
「ええ、元々文章を書くのも好きだったんです。小学校の頃は作文では結構いい点数を貰っていたこともあり、中学になると、国語の先生から、
「お前は文章を書く仕事に就くのもいいかも知れないなと言われたこともありました。でも当時の私は、艶やかな世界に憧れていたんですね。友達と一緒になってアイドルばかりを見てきたので、アイドルを目指したいという気持ちの他には、あまり考えることはなかったんです」
 そう言ってガラス窓から下を眺めていたが、その時には決して矢吹を見ようとしなかった綾香だった。
「そうなんだね。でも、大人になるにつれて、現実というものが見えるようになって、理不尽さや不自由さが何か自分の中で疑問にでも感じるようになったということかな?」
「ええ、その通りなんです。アイドルには結構なタブーがあるようで、特に今では常識になっている恋愛禁止なんていうタブーは、どうしてなのかって疑問に思います」
「綾香ちゃんは、恋愛をしたかったのか?」
「そういうわけではないんですが、最初から拘束されてしまうと、身動きがとれくなりそうで、せっかく自分の可能性をこれから試そうと思っているのに、最初からいろいろな戒めがあったりするのはどうかって思うんですよ」
「なるほど、それは確かにそうかも知れないね」
「ええ、でも、それだけではなくて、アイドルって負ループになっていて、グループ内での争いというのがあるでしょう? あれも私にはどうにも疑問なんですよ」
「なかなか難しいよね」
「今のアイドルの考え方でいいと思うところもあるんですよ。例えば、アイドルグループに所属しながら、将来のために資格を取ったり、いろいろな勉強をしたりってあるでしょう? あの考えには私も賛成なんです」
「確かにそれはあるでしょうね。昔のアイドルは引退してからどうするかということまで事務所が考えてくれないというのもあったかも知れないしね。もちろん、事務所にもよるんだろうけどね」
「ええ、使い捨てで終わりたくないというのは誰もが思うことでしょうからね」
「そういう意味でいえば、グループ内の競争も、悪いことではないと思うけど?」
「ええ、私も全面的に反対しているわけではないんですよ。ただ、私にはつぃていけない発想なのかって思うんです。だから、そういうところを全体的に考えると、私はいいところしか見ていなかったんじゃないかって思って、アイドルを諦めたというわけですね」
 綾香は、この言葉を口にする時、やっと矢吹を直視した。
 あの目力の強さで見つめられたが、やはり目の細さが影響してか、圧倒されるという雰囲気ではない。それよりも綾香の可愛らしさが前面に押し出された気がして、やはり彼女は綺麗系というよりも可愛い系と言っていいのではないだろうか。
 そう思って綾香を見ていると、やはり、
――初めて会ったような気がしないんだよな――
 と感じた。
 そう思うと同時に、綾香にもう一つ感じたことがあった。
――彼女は、正直者なんだろうな――
 という思いであった。
作品名:意識が時間を左右する 作家名:森本晃次