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粧説帝国銀行事件

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すんでのところでごまかして逃げたが、また次の日に銀座の時計店に行き、ダイヤの指輪や腕時計など拾何萬かの品を選んでその使えぬ小切手を出し、「これで売ってくれ」とやったら店主が怪しみ券を確かめに行ったのがわかった。
 
それで急いで逃げたのだが、この時計屋に顔を憶えられたのだ。逮捕によって顔写真が新聞に載り、それを見られて「あの男です」とタレコミされる。
 
四つの件は警察の調べを受けて〈帝銀と同一犯の見込みあり〉という話にもなってたという。面通しで時計店主とふたりの質屋に「間違いなくあいつです」と言われてしまうともう観念するしかなかった。それを機に取り調べが厳しくなったが、これが世に出て報道も容疑濃厚と変わったのが今に記事を読んでわかる。
 
今日の朝刊まではそうだ。明日にどう書かれるかはわからぬが、しかし以前の報道に戻ることはないだろう。今の自分はブン屋にとって疑惑の人でしかなくて、しかも飛び切りのおいしいネタとなってしまったのだ。それは昼に警視庁のビルを出たとき群がってきたようすでもわかる。
 
「どうすんのよ。ひょっとしてあなた、リンチに遭って殺されるために放免になったんじゃないの?」
 
とマサが言った。「なんだよそれ」と平沢が返すと、
 
「だからあなたを出した人は、あの事件をアメリカの陰謀てことにしたいんでしょう。あなたが死ねば暴徒の中に米軍の殺し屋がいたってことになってくれて容疑もウヤムヤにしてしまえると、それを期待してんじゃないの? それどころかトッコウ(特高警察)にいたやつにでもあなたを殺させて、米軍がやったことにする手筈が整ってるとか」
 
「あのなあ」
 
と言った。そんなこと警察が、と続けて言おうとしたが、しかし待てよとそこで思う。
 
実際に三年前までそれが当たり前だったのだろう。そして今の警察はたいして変わってないのだろう。やりかねないのじゃないだろうか。
 
警察は事件を解決しようとしてない。全部でないがアメリカの陰謀だから解決できないということにしようとするのがトップにいて、その主張が通ったために自分は出てこれたのだ。
 
それはなんとなくわかる。そんなことしてなんの得があるかといえば、いろんな得があるのだろうとも。
 
おれが生きてちゃ動かぬ証拠になることをいつポロリと言わぬとも限らん、とそいつが考えたら次に思うのはひとつじゃないのか。
 
いや、それは置くとしてもここにいたらどのみち命はないとしか思えん。外で無実と叫ぶ中にも同じ考えでおれの口を封じようとしてるやつがいるかもしれないし、引きずり出されて木に吊るされるか、家に火をつけられるか、マサが言うように刀や鉄砲持って踏み込んでくるのがいるかでないのか。
 
もしくはタレコミで証拠が出ちまい、また捕まえに来られてしまって今度こそすべて吐かされて死刑台送り――その見込みも高そうに思える。弁護士どもはおれの血を吸おうとしているだけの蛭(ひる)で、なんの役にも立たないのが明らかだ。
 
ではどうする。どうしよう。平沢はまた「うーん」と唸って、それから言った。
 
「逃げるしかないか」
作品名:粧説帝国銀行事件 作家名:島田信之