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粧説帝国銀行事件

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青森


 
二件の未遂で残された名刺。警察が調べてみると意外な事実がすぐ出てきて、やるだけ無駄と考えていた者達が「そんな」と言うことになっていた。最初の荏原で使われた名の松井蔚(しげる)という人物が実在したのだ。
 
「確かですか」
 
厚生省を訪ねた刑事で名を早田(はやた)というのが問うと省の人間がそれに答えて、
 
「はい。予防局にその名前で医学の博士号を持つ技官は確かにおります。ただもうひとつの山口二郎というのはいません」
 
「それも確か?」
 
「ええ、そもそも肩書がおかしい。厚生省の技官で同時に東京都の防疫官なんて。刑事さん、あなたは名刺のここんとこに東京都捜査官なんて刷りますか」
 
その名刺をつついて言った。
 
 
   厚生省技官
   医学博士 山口二郎
   東京都防疫官
 
 
となっている最後の行だが、早田が首を傾げながら「さあ、どうかな……」とだけ口を返すと、
 
「今お持ちなら見てくださいよ。ここには警視庁刑事部なんて刷るんじゃありませんか。それと同じでこんな名刺の書き方はおかしい」
 
「なるほど。松井蔚の方はここが《厚生省予防局》ですね」
 
「そう。このように書くのが正しい。だから山口二郎の方は適当に作ったまがいものと言うことができます」
 
「わかりました。それで松井という人はすぐ会えますか」
 
「いや、それが……」
 
相手は今は無理だと言ってその理由を説明した。早田は「ええっ?」と驚いて戻り、捜査本部が報告を聞いてまたたまげる。
 
「仙台だと?」
 
と言ったのは早田の上司で警部補の村松(むらまつ)という男だ。早田は答えて、
 
「はい。松井蔚はいるにはいるが仙台に住んでるという話で」
 
「って、青森の仙台か」
 
「いえ、宮城県ですが……とにかく東北の仙台です」
 
「なんでそんな所の名刺をホシが予行に使うんだ」
 
「さあ、どういうことなのか……そもそもあれは予行なんでしょうかね」
 
「予行だ。それは絶対だ。予行以外にまったく考えられんのだからあれは予行に決まっている」
 
「はあ」
 
「考えてみろ、予行ということにしなければ米軍の実験にできんじゃないか。このヤマはアメリカの陰謀なのが確かだから前の二件は予行なんだ」
 
「はあ」
 
「この二件を予行にしなけりゃアメ公の仕業にできなくなるんだぞ。それでいいのか。え? お前はそれでいいのか」
 
「いえ、いいとか悪いとかでは……」
 
「そうだろう。だから前のは予行なんだ。やつらは帝銀のやり方で世界を滅ぼそうとしている。おれ達がそれを止めるんだ」
 
「はい」
 
「できるのはお前しかいない。すぐ青森に行け! その松井というやつが似顔絵と同じ顔ならそれがホシだ!」
 
「わかりました!」
 
早田は外に飛び出していった。しかしこの時、当の松井蔚博士は仙台にいない。
 
だから行っても会うことはできない。仙台に住んでいるのは事実だったが朝から人に「新聞に載ってる」と言われて当惑の顔を返していた。
 
「何が新聞に載ってるんです?」
 
「先生の名ですよ。昨日の事件の名刺が未遂で予行が陰謀の実験だそうです」
 
「なんのことかわからないが……」
 
「だから名刺が陰謀で、未遂があって毒殺の予行で先生が犯人の名前なんです」
 
「それが新聞に載っているの?」
 
「そうです」
 
と言われる。サッパリ理解できなかったが記事を読んでみるとわかった。未遂の名刺が三ヵ月前に遺留品で陰謀の予行が実験だから、おれは毒飲んで死んでるだって?
 
昨日殺された12の中におれが入っているのなら、ここにいるおれは誰だというんだ! いや違う、この記事はおれが犯人と言っているのか。おれは昨日の事件の時刻もずっとここにいたというのに。東京から遠く離れた仙台のここに!
 
冗談じゃない!と思ったのだがその後すぐに厚生省からも問い合わせが来て、君があれをやったのなら悪いようにしないから本当のことを教えてくれと言われてしまう。だけではなくてラジオでも名を呼ばれて「その男は仙台にいるのだそうです」とさかんに言い立てられ出していた。
 
『てことはつまり、昨日も仙台にいたんでしょうかね』
 
『ならばアリバイは完璧ですが、わかりませんよ。そこまで完璧なアリバイは、完璧過ぎて逆に怪しいと言えますからね』
 
『なるほど。何かトリックを使っている見込みがあると……』
 
『警察にそのアリバイが崩せるかという話になるかもしれません』
 
なんてことをニュースで言ってる。なんでそういう話になるんだ!と言いたかったが事件の異常性に加えてそんな意外なネタが出ては、ラジオでしゃべる人間がこうなるのもわかる気はした。
 
厚生省のあちこちからも五分おきに電話が掛かり、「悪いようにしないから」と全員が言う。悪いようにする気でいるのがまるわかりの声なので、すぐ行動しなければ悪いようにされるとわかった。
 
厚生省の予防局に属する技官で医学博士の松井蔚が自分の他にいるわけがない。事件で使われたという名刺に心当たりもあったので、警察に見せるべきものを揃えて急ぎ駅に向かう。
 
そして東京行きの汽車に飛び乗っていたのだ。だから仙台にいないのだったが、そうと知らない早田刑事は仙台行きの汽車に乗る。ふたつの列車は栃木県の宇都宮あたりでスレ違うことになった。
作品名:粧説帝国銀行事件 作家名:島田信之