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粧説帝国銀行事件

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清廉


 
「ふうん。もう新聞に載ってるのか」
 
と天城が言った。椎名町の現場近くの外食券食堂だ。
 
時計の針は午(ひる)を過ぎてる。古橋と天城が午前中に歩き回って靴底を減らし、昼食を取りに入ると卓に誰かが読み捨てたらしい新聞があった。それを天城が取り上げて目を通していたのだが、
 
「何が新聞に載ってるって?」
 
と古橋が訊くと、
 
「未遂の件ですよ。名刺のことまで載ってますね。松井なんとかに山口二郎なんて名前も」
 
「へえ。銀行が流したのかな」
 
「かもね。それともチョウバ(捜査本部)の中にネタを売ったもんがいるか」
 
「うん」
 
と言った。そのどちらかでない限り今日の朝刊にもうその話が載ってるなんてことは有り得ぬ。おそらく天城が言うように、帳場の中に情報をブン屋に流した者がいるのだ。
 
それも金で売った者が。捜査会議で報告するよりまずブン屋に売りつけて、捜査会議で聞いたこともまたブン屋に売りつける。そんな刑事がどこの帳場にもいるものなのは今に始まった話でもない。
 
古橋などがデカになるずっと前からそうなのであり、無論規則違反だし捜査をブチ壊すことにさえなりかねない行為なのだが、やめさせようとする者もない。甲斐係長みずからネタを売っているのは公然の秘密だ。
 
警察組織は腐敗していて、前からそうだが戦後の今にさらに進んでいるようだった。古橋にも〈ようだ〉としかわからぬが、腐り切っているやつほど表(おもて)に対して清廉潔白な顔をする。清廉潔白な人間なんて世にいるわけがないのだからそいつは腐っているとわかる。
 
古橋は目の前の食べ物を見た。屑肉と屑野菜のゴッタ煮であり、かなり傷んでいるものもありそうなのだが闇の食料を買えない身ではこれを食べる以外にない。それも世の中が腐っているから。
 
去年は闇の米を買わずに餓死した裁判官がいたというが、食糧難が続くのも世が腐っているからだ。食糧は無いわけでなくあるところにはあるものなのに、闇で高値を付けて売る悪い人間がそこらじゅうにいる。
 
ために食えない者が出て、このあいだのナントカ産院事件なんてものまで起きてしまうことになるのだ。警察が取り締まらねばならぬのにその警察が腐っていて、市民から買い出しの米を取り上げて闇に流す人間ばかり。
 
あの小平のやつとたいして変わらない。直接には犯して殺すわけじゃないというだけのことだ。女は体を売る羽目になり混ぜ物入りのヒロポン(覚醒剤)などを射たれることになっていったりするのだから。
 
それに比べりゃブン屋にネタを売る刑事などかわいいものなのかもしれない。一課のデカでもおれや天城のようなヒラにはブン屋も寄ってこないから、ネタの売りようもないけれど……考えてから古橋は朝に覗いた下落合の現場を思い出してみた。
 
三菱銀行中井支店。行ってみるとやはりブン屋が群がっていて前を眺めて通り過ぎるしかできなかったが、椎名町のゲンジョウと同じような裏道にあった。三菱だの帝国だのという言葉から考えそうな大銀行の構えではなく、路地裏にある目立たぬ支店。
 
最初の荏原も同じような店なのだろうか。その後で椎名町の地取り区域をまわってみると、近所なのにそこに銀行があることを知らぬ者が多かった。「あそこの塀に大きく《帝国銀行》と書いてあるのは見て知ってたが、銀行とは思わずになんのことだろと考えていた」などと話す住民ばかり。
 
実際に見てそりゃそうだろうと思うような建物だ。そこに何か意味はあるか。
 
わからない。半日歩いたくらいですべてわかるようなら苦労もない。ホシの考えを知るには何日も何十日も歩かなければならないのかもだ。
 
その前に大きなヘマをしてくれていてアッサリ割れなきゃの話だが……そこで二枚の名刺だが、実のところどうなのだろう。
 
さっき天城は無理と言ったが今は新聞を眺めながら、
 
「松井ナントカ。山口二郎。この名前の医学博士は果たして実在するものなのか。するとしたら医学の何を研究する者なのか。犯人はなぜそのような名刺を使い、現場に残していったのか。12人を殺害した真の目的と動機はいかに? 捜査の行方に大きな関心が持たれるべきところである。果たして日本の警察はこれを解決できるだろうか?」
 
と記事を読む顔で言ってる。「本当にそう書いてあるのか?」と訊くと「はい」と答えた。
 
「早く食えよ」
作品名:粧説帝国銀行事件 作家名:島田信之