粧説帝国銀行事件
天城は続けて、「はっきり言うけど『二銭銅貨』っていう話はその辺のところデタラメです。けど今日のは違うでしょう。現実のヤマですからね。ホシが内部に通じていたらあんなたくさん金を残すと思えないな。背負子(しょいこ)で背負い込んででも全部持ってこうとするんじゃないすか」
「まあ……」
と言うと天城はさらに、
「店にいくらの金があるか見当をつけていなけりゃおかしい。でも今日のはそう見えなかった」
「内部に通じたもんじゃないと」
「と思いますね。おれだけじゃなく、さっき他にも言った人がいましたよ。これにはきっと前に未遂で終わっている仕事がある。まずそいつを探すべきだって」
「うん。おれもそれは聞いた」
と言った。ホシはおそらく同じことを別のどこかでやってしくじってるだろう。そこからきっと何か出てくる。捜査はまずそこからだ――そのように言うベテランの刑事がいて、古橋も聞いて頷いた話だったが、未遂探しなんていうのは夜の9時から始めてできることではない。
よってやっぱりすべては明日の朝からとなるわけだが、
「それにしてもあの銀行、ずいぶん妙な建物だったな」
話を変えて言うと天城は頷いて、
「なんでも元は質屋だったって話ですよ」
「うん。おれもそう聞いたが……」
あの建物の奥へ最初に入っていった時を思い出しながら古橋は言った。銀行店舗の区画を抜けると奥はまたまた普通の日本家屋の造りで、廊下の左右に襖(ふすま)の戸と畳の部屋が並んでいた。そこに十の人間が吐瀉物まみれで折り重なって倒れてたのだが、あれは眼に焼き付いて一生忘れられない光景になるかもしれない。
ともかくあれは元は質屋として建てられたのを改造し、銀行の支店にしたものだったか。それであんな路地裏にあるのと普通の民家のように見えたのに納得はいくが、それにしてもやはり妙だ。ホシはどうしてそんな店で事をやったか。
「土地鑑はあるんじゃないか?」と言った。「普通はあんな路地裏に人は入っていかねえだろう。それに前を通っても、ちょっと銀行とわからないぞ。けれどもホシは知っていたからヤマの踏み場に選んだんだろ」
「そりゃまあ」
「うん」と言ってから、「なあマギちゃん」
「なんですか」
「その乱歩の小説だけど、泥棒は話の中で捕まるのか」
「ええまあ」
「どうやって?」
「って、小説のお話ですよ」
「わかってるよ」
「現実には有り得ないようなやり方ですよ」
「いいから言えよ」
「それはリュウです」天城は言った。「ゲンジョウに残ったリュウ(遺留品)をたどったところにいて捕まえる……」