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粧説帝国銀行事件

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それをまたまたバカが真に受けただけというのが古橋が見る巷説(こうせつ)の真相だ。しかしガセを信じた者は金色夜叉の貫吉だから、来年も再来年もその次の年も、10年後も20年後も実験説を唱え続け、夜空の月を涙で曇らせ生きていくのかもしれない。
 
瞭子はそんな者達のダシに使われ鰹節や昆布のように身を絞られることになる――それがわかっているのじゃないか。この三年に日本の貫吉な男達をさんざん見てきたに違いないし、この十日ほどはあの庶務主任のようなのに押しかけられて陰謀論をずっと聞かされてきたはずだ。
 
瞭子には春画説など通じないのにそれがわからない人間達。嘘がバレるとすぐに貫吉の本性を現し、「自分の父を死刑台に送りたいのか。それでも娘か」と怒鳴りつける。それが入れ替わり立ち代わり何十人も寄ってきていた。
 
のではないかと古橋は思った。だからそのため家に帰れず行くところもないという――わかるが、それはおれのせいじゃないよとも言いたくなる。確かに汚い手を使って君を利用したけれども、だからといってその蛭どもの問題はおれの責任じゃないだろう。
 
言いたかったがしかし瞭子は、
 
「あなたのせいよ。あなたのせいで……」
 
とつぶやき続ける。見ているのは古橋でなく濠の向こうの別世界だが。
 
違うとたとえ言いたくても自分が霧山警部補の下に入って動かなければ平沢の逮捕状は下りなかったのかもしれないのだから、そう言い切ることもできない。どうすりゃいいんだと考えた時に、
 
「Hey」
 
という声がした。スーツの男だ。まだジープの助手席に乗れないまま立っていたのが、しびれを切らして声を掛けてきたものらしい。しかしそれに続くのはペラペラという英語の言葉。
 
「日本語で話せ」
 
と言ってやった。すると瞭子が、
 
「どうするのかと訊いてるのよ。自分はあなたを家に送るよう命令されてるって」
 
「英語がわかるのか」
 
と言った。それから前に会った時PXで働いてると聞いたのを思い出す。帝銀の日もあの仮住まいの小屋でGIと一緒にいたとか。
 
そうやって実地に覚えた英語が使える? 思いながら見ていると瞭子は男にペラペラと言った。うまい英語というわけでもなさそうだったが、男はちょっと意外そうに瞭子を見てからペラペラと返す。
 
「ペラペラペラ」
 
「ペラペラペラ」
 
と短いやりとりがあった。それから古橋を見て言った。
 
「どうするの?」
作品名:粧説帝国銀行事件 作家名:島田信之