粧説帝国銀行事件
戦争中に船で儲けたことで知られる海運会社の社長からで、金?風(きんびょうぶ)の前渡金を払うので取りに来いというものだった。父の貞通はこれを読んで出掛けて行き拾萬圓を持って戻り、うち捌萬を母に渡して弐萬圓を自分が取った。
けれど自分の考えではこれはおかしい、父は嘘をついていたと瞭子は言った。
『はあ。それはどういうことです』
内心の興奮を隠しながら古橋が訊くと、
『後でたまたま知ったんですが、その人は去年の夏に死んでるんです。絵の依頼などするわけないし、今年に電報打つなんて有り得ない』
『なんですって?』
電報局に行き調べてみると、瞭子が言う頼信紙(らいしんし)が確かに出てきた。死人が電信を頼むわけがないのだからそれは偽装電報であり、筆跡も平沢の字に間違いなさそうだった。
平沢は事件直後に被害と同額の大金を手にし、うち捌萬を偽名で預金し、残り拾萬を出所の偽装を施(ほどこ)したうえで家族に見せていた――これはまさに原爆級の情報であり、どこの国の裁判に出しても有罪の判決が獲れるだろう決定的な証拠と言えた。古橋が掴んだこのネタが、裁判所が逮捕状を出したいちばんの理由になったのだ。
まずは自分ら名刺班の勝利だった。だがそのために古橋は、平沢の逮捕の前にひとつ瞭子に約束せねばならなくなった。
守ることはできない約束。だから守る気のない約束を。そして反故(ほご)にしてそれっきり、今の今まで忘れていた。
その結果が目の前にいて自分を詰(なじ)る。古橋はその面(おもて)を何も言えずにただ見返すしかなかった。



