粧説帝国銀行事件
「素晴らしい。そのときはぜひわたくしに……」
「まかしときなさい。他にもですな、手はいろいろとあるもんでして……」
「ほうほう」
弁護士らがまた身を乗り出す。ああだこうだといった話をしているうちに、
「おや、どうやらそろそろですね」
とひとりが言った。気づけばクルマは中野の道を走っていて、平沢の家への角を曲がるところになっていた。すると通りの先にたくさんの人がいる。
「おお、先生、ご覧ください。先生のためにあんなに人が……」
四、五十人はいるだろうか。確かに平沢の家の前だ。人が群れ成し、道を塞いでこちらを見ている。平沢の帰宅を知って出迎えに来た人々に違いなかった。
弁護士達が両側の窓から身を乗り出した。「やあやあ皆さん、どうもありがとうございます。平沢画伯がここに帰ってまいりましたあーっ!」などと叫んで笑顔で手を振る。
そうしてクルマは進んでいった。待ち構える人々も応えるように手を振り上げる。
――が、次の瞬間に、飛んできたのは歓声でなかった。何か実体のあるものだった。何十という小さな物体。
それが雨か霰(あられ)のように飛んでくる。そして当たった。弁護士達に。みな「うぎゃっ」と叫びを上げる。
石だった。無数の石を群衆がパッカードに投げつけてきたのだ。フロントガラスに蜘蛛の巣状のヒビがバチバチといくつも入る。車体にもガンガン当たって傷や凹みをつけるのがわかる。
そして、声だ。「人殺し野郎ーっ!」「町を出てけーっ!」そう叫ぶ声。立ちはだかる者達が礫(つぶて)とともに投げる怒声を平沢は聞いた。