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粧説帝国銀行事件

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古橋は女に向き直った。若い。はたち前後だろう。美人だが十歳ほども下であり、古橋にすれば外人も同じだ。その小娘にいきなり怒った顔をされてもどうしていいかわからない。
 
だから言った。「誰かとお間違えでは?」
 
「なんですって?」
 
とその女。眼がいよいよ怒りに燃えたようになった。
 
「いや、だからおれはですね、ここに来るのは初めてでして。大体さっきまでですね」
 
「とぼけようっての」
 
「いえ、だから違うんですよ。おれはうどん食ってるところを……」
 
「あなたよ。あなたのせいであたしは……」
 
「は? ちょっと待ってください。おれはあなたが誰か知らない」
 
「なんですってえ!」怒鳴り声になった。古橋に掴みかからんばかりに、「よくもそんなことを……」
 
「って、だからおれはこんな――」
 
場所に来る者では本来ないのだから、あなたは誰かと間違えている。そう言おうとしたのだが、しかしそこで待てよと思った。違う、この子を知ってるような……。
 
彼女は古橋を睨んだままだ。と、その眼から涙が溢れた。
 
「約束したじゃない」と言う。「約束したじゃないの、あたしに。どうして……」
 
そこで気づいた。しまったと思う。そうだ、この子を知っていた。騙して利用したのだ。だから人違いじゃない。しかしどうして……。
 
なぜこの子がこんなところに? 平沢瞭子。古橋が一度捕まえて、これからまた捕まえて今度こそ死刑台に送ろうとしている男の娘だ。古橋は彼女を騙し、守る気のない約束をしていた。
 
だから人違いじゃない。でもどうしてこんなところで……彼女は睨み続けている。父親譲りなのかもしれない美貌。それが怒りに歪み涙に濡れているのを前に、古橋はうろたえるばかりだった。
作品名:粧説帝国銀行事件 作家名:島田信之